2012年12月31日月曜日

ロッシとドゥカティ、アヴァンチュールの終焉

2012年最後のエントリーは、遂に終止符を打ったロッシとドゥカティの挑戦について触れておきたい。

僕は以前よりライダーのライディングスタイルとマシンとの相性の重要性を主張して来ており、ロッシのドゥカ移籍に際しても、過去のエントリーにも書いたように「ドゥカはロッシの様なランディングスタイルのライダーが決して乗ってはいけないマシン」だと思っていたので、結果的にはそれが正しかった事が証明されてしまったと言える。

しかしながら、ロッシがその予想を裏切り、奇跡的な偉業を成し遂げる事を期待もし、特に移籍直後の数戦では予想を超える好結果を残していた事から、その期待を募らせていたので、結果的にやはり奇跡は起こらなかった事は残念でもある。

でも、傷口を広げる前にヤマハへの復帰という屈辱的な決断をした事は懸命だと思うし、GP史上稀に見る偉大な記録の数々を打ち立ててきたロッシの貴重な才能を奇跡でも起こせないと達成出来ない様な無謀な挑戦に浪費するよりも、残されたレースキャリアでロッシと相性の良いマシンで思う存分その才能を発揮して活躍をして欲しいと思う。

また、ロッシ程の偉大なライダーでもライディングスタイルとマシン特性の相性の壁というのは、超えることが出来ない程大きなものだという事実を、後続のライダー達に大きな教訓として印象付ける結果となった事は良かったのではないかと思う。

自分が乗るべきマシンの選択を誤ると、本人のレース生命を脅かす結果にもなりかねない。ロッシ程のスーパースターだからこそ、ヤマハ復帰というアクロバットが実現したが、普通のライダーであればこのまま引退に追い込まれてもおかしくなかったと言えるだろう。かつてのライバル、ビアッジが「2年低迷してあのオファー、よほど神通力があるのだろう。」と唸ったのも頷ける。

かつて皇帝とまで呼ばれたそのビアッジでも、レプソルホンダでのたった1年の低迷、それもランキング5位というドゥカ時代のロッシよりは幾分マシな成績だったにも拘らず、MotoGPでのシートを失ったのだから。

それにしても、移籍直後の予想外な好成績(僕以外の人はそうは思わなかったかもしれないが・・)を思い返すにつれ、開発の方向性さえ誤らなかったら別の結果があったのではないか?という残念な思いが拭えない。

ずっと日本製マシンで好成績を残してきたロッシとバージェスなら、アルミフレームを選択するのではないか?というのは、予想通りだったが、それは過去のエントリーでも述べたように、L型エンジンというフレーム設計上問題の多いエンジン形式故に、ドゥカのレース部門が長年味わってきた苦悩を追体験する様な選択であり、とても1年で結果が出せる様なものではなく、無謀な決断だったと言えるだろう。

結局、その長い歴史を経てドゥカが辿り着いたカーボンモノコックフレームという選択が、L型エンジンにはベストな選択だったと言えるのかもしれない。

そして、2011年シーズン当初ロッシが乗ったGP11は、そのベストの選択肢をストーナーとヘイデンが磨き上げた結果であり、そのマシンに乗っていた時がロッシの成績も最も安定していたという感がある。

そう考えると、あのまま2011年はカーボンモノコックのGP11に乗り続けデータ収集とセッティングの試行錯誤だけに専念し、ロッシがファーストインプレッションで高く評価したカーボンモノコックのGP12を熟成させて2012年に臨んでいたら別の結果が待っていたかもしれないと思う。

それでなくても、どんどんニューフレームを投入した2011年に対し、2年目の2012年シーズンはほとんどマシンの進化は見られず、まるで開発予算が枯渇したかの様な印象を受けたが、2年目にタイトルを狙いにいくマシンを開発するための準備期間の筈だった2011年に開発費を使い過ぎて、肝心の2012年に十分開発を進められなかったのではないかと残念に思える。

これは、ロッシが在籍した2年間がちょうど800ccから1000ccにレギュレーションが変更する時と重なってしまった事も不運だったと言えると思う。2年間通して同じレギュレーションのマシン開発をすることが出来たら、もっと開発はスムーズに進んだのかもしれない。

今更過ぎた事を悔やんでも始まらないが、ホンダ、ヤマハで歴史に残る好成績を残したロッシでもドゥカティで結果を出せなかった事から、ドゥカは日本製マシンにそれほど慣れていない若手をドゥカスペシャリストに育成するという方針を打ち出し、Moto2クラスでロッシの後継者として期待を集めていたイアンノーネを起用したが、懸命な判断だと言えると思う。

イアンノーネが育つまでは、ホンダワークス経験者のドヴィとニッキー、そして何故かイアンノーネのチームメイトとしてジュニアチーム入りしたヤマハワークス経験者のスピースにドゥカが託される事になった。スピースの起用はニッキーの後継としてのワークス入りを想定してのテスト的な起用、もしくはドヴィが期待に応える成果を出せなかった場合の保険の意味もあるのではないかと思う。

いずれにしても、しばらくは日本製マシンの開発経験のあるライダーが継続してドゥカの開発を担って行く事には変わりがない。彼らがこのままアルミフレームの開発を継続することを選択するのか、それともカーボンモノコックに戻す事を選択するのかも含めて彼らの開発するマシンがどの様な方向に向かうのか興味を持って見守って行きたいと思うし、イアンノーネの成長を楽しみにしたいと思う。

また、ヤマハに復帰するロッシに関しては、大方の予想では年間1、2回は勝つかもしれないが、タイトル争いでロレンソやペドロサを脅かす所までは行かないだろうと思われている様だ。

僕としては、ロッシが再度タイトルを獲得出来るかどうかとなると、現在の最速マシンであるホンダのRC213Vの完成度の高さとペドロサとの組み合わせでの強さを考えると明言は出来ないが、少なくとも同じマシンに乗るロレンソとは互角以上の勝負は出来るのではないかと思っている。

何故なら、多くの人は2010年序盤、ロッシよりロレンソの方が優勢だった事を覚えていて、現在の実力ではロッシよりロレンソの方が上回っていると考えているのだと思うが、ロッシが大腿骨の骨折から復帰した後、むしろ大腿骨の骨折より以前より痛めていた肩の怪我の影響の方が大きかったとコメントしていた事を考えれば、2010年序盤の劣勢も肩の怪我の影響だった可能性が高いと思うからだ。

それにロッシは何としてもドゥカ時代の低迷の雪辱を果たしたいという強い決意を持ってチャレンジャーとしてヤマハに戻って来る。そういう高いモチべーションに燃えているロッシ程強い存在はないし、何より相性に問題がない事がはっきりしているヤマハに乗れば、本来のロッシの実力を遺憾なく発揮できる事は間違いない。

もっとも、2013年序盤は2年間もヤマハと大きく特性の違うマシンに乗っていた事から、かつての感覚を取り戻すのに多少の時間を要する可能性は高いし、そういう意味では今年のシーズン後のテストで雨に祟られて十分走り込みが出来なかった事も少なからぬ影響はあるかもしれない。

しかしシーズン後半になればかつての速さを取り戻すに違いないと思うし、2014年シーズンはタイトルを獲得するかどうかは別にして十分タイトル争いに加わり、レースファンを熱狂させる活躍をしてくれるに違いないと思う。

再来年の話をするのは、まだ早過ぎると思うが、とりあえず本来のロッシらしいライディングがまた観られる事になった2013年シーズンを大いに楽しみにしたい。

ペドロサのタイトル獲得を阻んだレース裁定

前項で述べたとおり、2012年シーズン開幕直前にタイヤ仕様変更の決定がされた時点で、ストーナーのタイトル獲得の可能性はかなり厳しいものになってしまったと言えると思う。

しかし、ホンダはタイトル獲得を諦めなかった。シーズン中盤に2013年から投入予定だったニュースペックのフロントタイヤに合わせて開発したニューマシンを実戦投入する決断を下したのだ。

タイトルを獲得する為には、ライダーが危険と言う程、ニュースペックタイヤと相性の悪いマシン特性を改善する必要があり、その為には付け焼刃の改良では無理で、マシンを一から開発し直さなければならない。それはタイトル獲得の為には必要な決断だったとは言え、この不況で天下のホンダもレース予算が削減されている厳しい状況下では、かなりの困難を伴う決断だったに違いないと思う。

それでも、そのニューマシンが初投入されたラグナセカで、ペドロサがフリー走行1とフリー走行2でいきなりトップタイムをマークする程の完成度の高さを示し、そのデビューレースではセッティングを詰め切れず優勝は逃したが3位表彰台を獲得し、続くインディアナポリスでは早くも優勝を果たし、ニューマシンは大きな成果を挙げた。

シーズン途中で全くのニューマシンが投入されて、いきなり成果を挙げる例というのはかなり稀であり、ホンダのタイトル獲得への執念と高い開発力を感じさせる結果となった。

その一方で、ニューフレームを改善効果がないと評価したストーナーはニュースペックエンジンと旧フレームの組み合わせを選択し、続くインディアナポリスでは、プレシーズンテストで新構造のタイヤに対し「却って危険」と評価した本人の言葉通り、転倒、骨折という最悪の状況に陥ってしまう。

僕はこのペドロサとストーナーのニューフレームに対する明暗の差もよく理解出来る気がする。

前項でも述べたとおり、ブリヂストンの柔構造と呼ばれる新構造を採用したニュースペックタイヤはミシュランが採用していた構造に似ているのだという。

ホンダにはかつてミシュランを採用していた当時のペドロサの走行データが豊富に残っていた訳で、そのデータを基にニュースペックタイヤの特性と相性の良いフレームを開発したのだろうと思う。

そして、当時のミシュランタイヤは、ロッシがいち早くブリヂストンへのスイッチを決めた様に、ブリヂストンに対して劣勢であり、特にホンダはヤマハ以上にミシュランタイヤとの相性に問題を抱え、激しいチャタリングに多くのホンダライダーが悩まされ低迷する中、ペドロサはかろうじてタイトル争いに名前を連ねる事は出来る所まで善戦しており、どちらかと言うとミシュランタイヤとの相性は悪くなかったライダーだと言える。

その為、当時のペドロサの走行データを基に開発されたニューマシンは、ミシュランに特性が似たニュースペックタイヤとペドロサのライディングスタイルにはベストマッチのマシンに仕上がったが、ペドロサとはかなりスタイルの違うストーナーのライディングスタイルには合わないフレーム特性に仕上がっていたのだろう。

だから、ストーナーは結局自分のライディングスタイルに合わせて開発された旧フレームの方を選択したのだと思う。

僕は以前からライダーとマシン特性の相性の重要性を主張しているが、この事でもそれが証明されたと思う。

誰もがストーナーとペドロサを比べたらストーナーの方が速いと思うだろう。しかし、それはストーナーがストーナーのライディングスタイルと相性の良いマシンに乗っていればという前提であり、ペドロサとの相性が良いマシンに乗れば、立場が逆転してしまう程、微妙なものでもあるのだ。

こうして、ニュースペックタイヤと自分のライディングスタイルにベストマッチしたマシンを手に入れたペドロサはかつてない程の強さを見せ、快進撃を開始する。

ストーナーに合わせて開発されたマシンと旧スペックタイヤの組み合わせで戦った前半戦では1勝しか挙げられなかったペドロサが、自分のスタイルと相性の良いマシンとニュースペックタイヤで戦った後半戦では6勝を挙げ、最終的には年間最多勝の7勝を挙げる程の強さを見せた。

それもニューマシンを投入して僅か2戦目のインディアナポリス以降は完走したレースでは全勝という圧倒的強さであり、もう少しで不利なレギュレーション上の決定という逆境を跳ね除けてホンダにタイトルをもたらすという劇的なストーリーを実現する所だった。

シーズンを振り返るとペドロサのタイトル獲得を阻んだ決定的なレースは、第13戦サンマリノGPだったと言えると思う。

このレースでは、スタートシグナル点灯直前、アブラハムのエンジンがストールし、アブラハムが手を挙げてアピールしたことからスタートが中断、仕切り直しとなった。

そして再スタートのサイティングラップが始まろうとした時、ペドロサのマシンのフロントブレーキがロックするというトラブルに襲われる。メカニックはマシンを交換するために一度ピットロードにマシンを入れるが、その時トラブルが解消した為、マシンはグリッドに戻されペドロサはグリッドからサイティングラップをスタートさせたが、一度ピットロードにマシンを入れた為、最後尾スタートのペナルティを課せられる事になる。

僕は再スタートの際、タイトル争いの真っ只中にあるペドロサが最後尾からスタートするのを見て、何が起こったのか分からず、まるで悪夢の様だと思ったが、本当の悪夢はその後に待っていた。

ペドロサは最後尾から得意のロケットスタートを決め、順調に前のマシンをパスして行った。レース後に、最後尾スタートでも優勝する自信があったと語った言葉は決して負け惜しみではなく、十分その可能があると感じさせる見事な追い上げを見せていた矢先、バルベラの転倒に巻き込まれて1周もする事無くペドロサはレースを終えてしまった。

その瞬間、誰もがペドロサのタイトル獲得の可能性は潰えたと思っただろう。そしてその通りになった。しかし、その後もペドロサはタイトル獲得を諦めずに、その事を忘れさせる程の快進撃を続け、奇跡の大逆転を予感させる所までロレンソを追い詰め、最終的にはフィリップアイランドで自ら転倒してタイトルを逃した。

その為、最終的には自滅してタイトルを失ったという印象が残ってしまった感があるが、並みのライダーだったら、サンマリノGPの後、そこまで盛り返す事さえ出来なかっただろうし、サンマリノGPでのノーポイントがなかったら、ペドロサもあそこまで追い詰められる事もなかっただろう。

それまでのレースではペドロサは余裕でロレンソを打ち負かして来ており、ロレンソに勝つためだけなら無理をする必要はなかった筈だ。あのレースで転倒する程攻めていたのは、最終戦を前に少しでも多くポイントを稼ぐ為に、どうしてもストーナーに勝ちたいと思っていたからだろう。

負傷欠場から復帰したばかりとは言え、地元フィリップアイランドでのストーナーの強さは神懸り的なレベルだ。通常なら地元でストーナーに勝てなくても無理はないと考えるところだろうが、ペドロサはどうしてもストーナーに勝ってロレンソとのポイント差を広げたいと気負ってしまったのだと思う。

もし、サンマリノGPでのノーポイントがなかったら、ロレンソとのポイント差もそこまで大きくはならず、ペドロサも冷静になって手堅く2位でオーストラリアGPを終える事を選択し、最終戦で逆転タイトルを獲得していた可能性は高かったと思う。

そして仮にフィリップアイランドで転倒してしまったとしても、サンマリノGPでポイントを獲得していれば、最終戦までタイトルの決着は持ち越されていた訳で、十分逆転タイトルの可能性はあったと思う。

結局、ペドロサがタイトルを獲得出来なかった最大の要因は、サンマリノGPでのレース裁定にあったと思う。確かにそれはルールブック通りの裁定であったかもしれない。しかし、ペドロサのマシンを襲ったトラブルは、アブラハムのエンジントラブルを原因としたスタート中断の影響で生じたものであり、自己責任とは言い難い。

そもそも、スタートが中断しなければ、ペドロサのマシンはトラブルには見舞われる事はなく、PPから普通にスタートしてトップを快走していた筈で、誰の転倒にも巻き込まれる事はなかっただろう。

対するアブラハムのマシントラブルは、午前のフリー走行から発生していたものらしく、そのトラブルを解消出来ないままマシンをグリッドに送り出したアブラハムのチームの自己責任に寄るものと言って良い。

例えルール通りとは言え、アブラハムの自己責任によるトラブルは救済され、その影響により発生したペドロサのトラブルは救済されなかったという事は、どうにも不公平に思えて納得しがたいものだ。

しかも、それがシーズンのタイトル争いを決定付ける結果に繋がったとなると尚更である。タイトル争いのさなかにあるライダーが自己責任とは言い難いトラブルでグリッド降格となると、レースの楽しみの半減するし、何よりそんな事でタイトルの行方が左右される事になれば、タイトル争いの当事者もレースファンも納得出来ないだろう。

この様なケースなら特別措置が取られたとしても、良いのではないかと思うし、本来なら特別措置などしなくてもこの様な事態が起こらない様なルールにしてもらいたいと思う。

通常のスタートの際は別として、再スタートの際は本当に悪質なルール違反等があった場合を除き、1回目のスターティンググリッド順から変更はしないと決めれば良いだけの話なので、是非ともルール改正をして欲しいと思う。

実際にタイトルを獲得したロレンソとヤマハには落ち度はないし、申し訳ないと思うが、やはり今年最速だったマシンはホンダのRC213Vだったと思うし、全員が旧スペックタイヤという同条件の下で1番速かったのはストーナー、新スペックタイヤで1番速かったのはペドロサだったと思う。

ロレンソはそのどちらでも安定して速かったのに対し、ホンダはシーズン前半はストーナーの方が速く、後半はペドロサの方が速く、ホンダ勢同士でポイントを奪い合ってしまった事もあり、ヤマハ勢で常に最速だったロレンソが優位だったが、その条件化でもペドロサが年間7勝の最多勝を挙げ、実質的に年間を通して2012年のチャンピオンに相応しい走りをしていたのは彼だったと思う。

特に後半戦に関しては観ていてロレンソがペドロサに勝てるというイメージは全然感じなかった。それでも安定して2位に入り続けた結果タイトルを獲得した事を考えると、現在のポイント配分はやや優勝の重みが軽んじられているのではないかと感じた程だ。優勝のポイントと2位のポイントはもっと格差があって然るべきかも知れない。

その様な実力通りのライダーがタイトルを獲得する事を妨げるような、レギュレーションやルールは是非改善して欲しいと願う。

2012年12月30日日曜日

ストーナーのラストイヤーを台無しにしたタイヤレギュレーション

またblogの更新が滞ってしまった。今年は色々MotoGPのあり方を考えさせられる問題が多く、書きたい事が沢山あったのだが、とりあえず今年が終わる前に、それらの事を駆け足で書き留めておきたい。

まず、今年のMotoGPで印象に残ったのは、幾つかの局面でレギュレーションがタイトル争いの行方を左右してしまったシーズンだという事だ。

その第一がシーズンが始まってから、今年度のタイヤ仕様を変更するという決定が成された事の影響である。僕は以前、タイヤワンメイクのレギュレーション変更による弊害を危惧するエントリーを書いた事があるが、その心配が正に的中してしまったと思う。

2012年シーズンは本来であれば、シーズン開幕早々に今シーズン限りでの引退を表明したケーシー・ストーナーが引退の花道を飾るシーズンになっていた筈だと思う。

実際、昨年ホンダに復帰した初年度に圧倒的強さでタイトルを獲得したストーナーは、その1年間を通してストーナーの走りに合わせて開発されたと考えて間違いないであろうニューマシンRC213Vでも、その好調を維持し、プレシーズンテストでは常に最速タイムを刻み、本人も「テストはもう飽きたから、早くレースをやろう。」とコメントする程盤石な状態だった。

あのまま何事もなくシーズンが開幕していたら、おそらくは昨年以上の圧倒的強さで3度目のタイトルを軽々と獲得して有終の美を飾っていたに違いないと思う。

しかし、異変はそのプレシーズンテストから始まっていた。ブリヂストンは現在の仕様のフロントタイヤが、暖まるのが遅くレース開始直後のグリップが低い為にレース序盤での転倒が多いという批判を受けて、2013年の導入を目指して、柔構造と呼ばれる新構造を採用したニュータイヤを開発し、プレシーズンテストで、そのニュータイヤをライダー達にテストして評価してもらった所、一部の僅かなライダーを除いて好評だった事から、2013年からの投入予定を前倒しし、今シーズンから投入する事を決定した。

これだけ聞けば、さほど問題には感じられないかもしれない。しかし、問題なのはその一部の僅かなライダーというのが、実はレプソルホンダのストーナーとペドロサの2人だった事だ。

僅かなライダーというのが、タイトル争いに関係のないランキング下位のライダーだったら、その様なライダーの主張が無視されたとしても仕方ないと言えるかもしれない。

だが、タイトル争いの主役であるディフェンディングチャンピオンを含む、チャンピオンチームに所属する二人のライダーが揃って「却って危険」と採用に反対したタイヤの採用があっさりと決定してしまった事には正直驚きを禁じ得なかった。

現在タイトルを争える実力と環境を備えたライダーと言えば、ストーナー、ロレンソ、ペドロサの3強と言って良いだろう。

その3強の内、2人にとって不利な決定がイコールコンディションの大義名分の元に成されてしまい。残る一人、ロレンソにとって圧倒的に有利な状況がその時点で構築されてしまったのである。

ホンダ以外のメーカーにとっては願ってもない決定であるが、ホンダにとってはとんでもない決定である。当然のごとくホンダは猛反発し抗議したが、その抗議も僅かにシーズン中盤までは旧スペックタイヤも使用出来るという僅かな譲歩を引き出す事しか出来なかった。

2012年仕様のタイヤに合わせてマシンを開発したのに、そのタイヤを突然全く特性の異なるタイヤに変更される。それはマシン開発を一からやり直す必要が生じるという事であり、ホンダの憤りは良く理解出来る。

たまたま、ホンダ以外のメーカーはニュースペックタイヤとも相性が良かったから反対しなかっただけであり、むしろホンダが不利になる分有難いという事もあったのかもしれないが、本当にそれで良いのかと思う。

ホンダが1番タイヤ変更の影響を受けたという事は、ホンダが1番本来の2012年仕様のタイヤと相性の良いマシン開発に成功していたという事で、最も良い開発をしたメーカーが不利になる様な変更を認める事が今後の事を考えると本当に良い事とは思えない。他のメーカーもいつかホンダの様な立場になってしまう可能性もある訳で、ホンダ以外のメーカーがこの突然の変更を受け入れたり、ホンダの抗議に対して賛同しなかったのは、本当に懸命な判断だったと言えるだろうか?

僕はホンダのワークスマシンだけが、ニュースペックタイヤと相性が悪かった理由は良く分かる様な気がする。

実は今回ブリヂストンが採用した柔構造という新しい構造は、ミシュランのフロントタイヤが採用していた構造に近いのだそうだ。

ストーナーはLCRホンダ時代、そのミシュランのフロントタイヤと相性が悪く、フロントからの転倒を繰り返し、ミシュランよりフロントタイヤのグリップ力が勝るブリヂストンを採用していたドゥカティへ移籍した事で安定した走りが出来る様になり、初タイトルを獲得した。

ホンダの2012年型のRC213Vはそのストーナーの走りの特性を最大限に生かせる様に開発されたマシンの筈だ。つまり、ブリヂストンの高いグリップ力を誇るフロントタイヤの特性に合わせたマシン造りをしたに違いない。

その結果、ストーナー自身元々柔構造を採用していたミシュランタイヤと相性が悪かった為に、そのミシュランと同じ柔構造を採用した新スペックタイヤと相性が悪いのは当然として、そのストーナーと旧構造のフロントタイヤにベストマッチする特性に仕上がっていたRC213Vとも相性が悪かったのだと思う。

ストーナーの初タイトルは同時にブリヂストンに取っても初タイトルだった。ブリヂストンにとってはストーナーは初タイトルをもたらしてくれた恩人と言って良いと思う。そして、当然ながらストーナーが柔構造のフロントタイヤとは相性が悪い事も良く知っていたに違いない。

そのブリヂストンが有終の美を飾るべきシーズンに挑むストーナーにとって相性の悪いタイヤと知りながら、その投入を1年前倒しにする決定をした事は理解に苦しむ。

もし、逆にストーナーとの相性の悪いタイヤの投入を、ストーナーの為に予定より1年遅らせたというのなら贔屓と批判されるかもしれない。しかし、本来2013年から投入予定だったタイヤを1年前倒しするかどうかの選択に際し、今年限りで引退するストーナーとの相性を考慮して、1年前倒しするのをやめて当初の予定通りにしたというだけなら、特に批判される様な事ではない筈だ。

僕がこの決定に批判的なのは、その決定が公平とは思えない事、引退の花道を飾れる筈だったストーナーに同情するからだけではない。一レースファンとして、シーズン開幕直前にタイトル争いを左右する様な決定がなされた事は許し難い事だと思うからだ。

最初に書いた様に2012年シーズン、タイトルを争える可能性のあったライダーはストーナー、ロレンソ、ペドロサの3人だけだった。その内2人のライダーに取って不利な決定がシーズン開幕直前になされるというのは、残りの一人ロレンソに取って圧倒的に有利な決定であり、この決定によって2012年のチャンピオンがほぼ決まってしまった様なものだからだ。果たしてその様な決定が本当に許されていいものだろうか?

シーズン前半こそ、旧スペックタイヤの使用も許されたが、他のライダーは暖まるのが早く直ぐに充分なグリップ力を発揮するタイヤを履いており、レース序盤から飛ばして行く事が出来るのに対し、暖まるのに時間がかかる旧スペックタイヤを使わざるを得ないストーナーとペドロサは、レース序盤はペースを上げる事が難しく、しかも他のライダーに負けまいと頑張ればグリップ力が充分でないタイヤで転倒するリスクを抱えてのレースとなる訳で、不利である事には変わりがない。

それでもシーズン序盤、ホンダ勢はストーナーが3勝、ペドロサが1勝を挙げ、ロレンソの4勝に対しメーカー勝負では5分に持ち込む頑張りを見せた。

しかし、旧スペックタイヤが使えなくなったシーズン後半。ニュースペックタイヤに合わせた2013年使用のニューマシンを投入したホンダはペドロサがニューフレームと高い順応性を見せたのに対し、ストーナーは旧フレームの継続使用を決断。その苦しい状況の中、得意のラグナセカでは優勝してみせたが、相性の悪いタイヤでの無理が祟り続くインディアナポリスではフリー走行で転倒して骨折してしまい、その後の数戦を欠場する事になり最後のシーズンでのタイトル獲得の望みは絶たれる事になった。

ストーナーにとっての2012年シーズンは、フロントタイヤとの相性が悪く、転倒に泣いたLCRホンダ時代を彷彿させるシーズンだったと言えると思う。ストーナーは最近のインタビューで最も好きだったマシンとしてLCRホンダ時代のRC211Vを上げており「サテライトマシンでタイトル争いなんてできないと嘆く向きが多いけど、マシンだけの話じゃない…絶対にあのマシンでも取れるものだと思ってますよ。」と語っている。

つまり、あの時ストーナーはタイトル獲得の為に当時のベストマシンよりブリヂストンタイヤを選んだという事であり、タイヤさえ相性の良いものであれば、マシンがベストでなくてもタイトルが獲れる事を証明し、ブリヂストンのワンメイクになってからホンダに復帰して、ようやくマシン、タイヤ共にベストのパッケージを手に入れたと思ったら、今度はタイヤの仕様変更でタイトル獲得を阻まれたというのは、なんとも因縁深い話だと思う。

結果として、2012年のタイトルはロレンソが獲得した。しかし、プレシーズンテストの段階では、誰もがストーナーが3度目のタイトルを楽々を獲得すると信じて疑わなかっただろうし、シーズンが終了した今も、多くのファンが2012年1番速かったライダーはストーナーで、ストーナーが最速ライダーのまま引退したと記憶に留めるに違いないと思う。

不公平なレギュレーション上の決定で、このレース史に残る偉大な天才ライダーがラストシーズンをタイトル獲得で飾る事が出来なかったのは非常に残念であるし、レース史に残る汚点ではないかと思う。

この事は、現在のレギュレーション上では、タイヤメーカーの思惑ひとつでチャンピオンライダーを決めてしまう事も可能だという事を示しており、ブリヂストンもしくはドルナにその意志がなかったのだとしても、結果的にその様な事が起きてしまった事は重く受け止めるべきだと思う。

また、もし複数のタイヤメーカーが参戦していれば、かつてのストーナーの様により自分と相性の良いタイヤメーカーを選択するという事も可能なのだが、ワンメイクのままだと仮に今のブリヂストンタイヤと相性の悪いライダーが、本当は相性の良いタイヤさえ使えればタイトルを獲得出来る実力を持っていたとしても、その実力を発揮出来ないままレース人生を終えてしまう可能性もある訳である。

そういう状況を改善する為にも、かつての様に複数のタイヤメーカーが参戦し、レースが健全な競争の場になる事を切望して止まない。