2013年7月7日日曜日

ロッシ、ヤマハ復帰7戦目で移籍後初優勝

スートナーが引退し、大型ルーキー、マルケスがレギュレーション変更を受けてレプソルホンダから最高峰デビュー、そしてドゥカティでの2年間の不振を経てロッシがヤマハワークス復帰と話題の多い2013年シーズンが開幕し、7戦目のダッチTT・オランダGPで遂にロッシがヤマハワークス復帰後初優勝を遂げた。

決勝レース:V.ロッシが2010年10月以来2年8ヶ月ぶりに優勝

ロッシはもう終わったなどと嘯く者も少なくないが、僕は去年のエントリーにも書いた通り、シーズン後半にはまた優勝争いに加わってくれるだろうと予測していたので、それは僕の予想より少し早く実現した。やっとという感想を持った人も多いだろうけど、僕としては思ったよりも早かったという印象だ。

僕がロッシが本来の速さを取り戻すのにはもう少し時間がかかると思っていたのには二つ理由がある。

ひとつは、ヤマハとは全く特性の違うドゥカティに2年間も乗っていた為に、ライディングのフィーリングが戻るのに結構時間がかかるだろうと思っていた事。

もうひとつは、長年乗り馴れたヤマハのマシンとは言え、2年間の間に開発も進み、特に2012年には800ccから1000ccに変更になり、エンジンも車体も完全に新しくなっており、2年前のデータはもう流用出来ないので、新しいマシンの走行データが揃ってロッシの走りに合わせたセッティングを出来る様になるには時間が必要だと思っていた事だ。

特にその1000ccのM1はロレンソが主導で開発したマシンであり、ロッシがいなくなった2011年のロレンソの走行データを基に開発され、更に2012年にロレンソの実戦データを基にモデファイが加えられ熟成されて来たマシンである。ロッシが主導で開発してた頃のM1とは特性が大きく変わっている可能性も高い。

だから、セパンで行われた今年最初のプレシーズンテストの初日にロッシがいきなりロレンソから0.3秒落ちのタイムを記録した時には正直少々驚いた。2年間のブランクを経て、データのない1000ccのM1に乗っていきなり、そのマシンの開発を主導し、去年1年間の豊富な走行データを持っているロレンソにそこまで接近したタイムを出せるとは思っていなかったからである。

オフィシャルテスト1日目:D.ペドロサが1番時計発進

それはやはりヤマハの持つ基本特性がロッシのライディングスタイルにベストマッチしており、ロッシがそういう特性のマシンで走る事を渇望していたからこそだと思う。

僕はロッシが遠からず、また優勝争いに加わるレベルに戻って来るだろうという予測に改めて確信を強めたが、それでもそれがシーズン後半までかかるだろうという予測を覆すまでには至らなかった。何故ならその0.3秒を縮めて行く事とこそが本当に困難な事だろうと思っていたからだ。

しかし、ロッシはその後も順調にプレシーズンテストを重ね、ヘレスでのプレシーズンテストでは遂にトップタイムを記録する。

オフィシャルテスト2日目:V.ロッシがヤマハ復帰後初の1番時計

これはヘレスがヤマハ向きのサーキットであり、ロレンソよりもヤマハの特性にジャストフィットするロッシのライディングスタイルがより効力を発揮出来るサーキットである事を示しているとも言えるが、それでもテストはテストであり、実際のレースで直ぐにロッシがロレンソと真っ向から競り合いが出来るとは思わなかった。

レースで重要なのは一発のタイムではなく、長いレースで安定して高いラップタイムをキープする事が重要であり、それは実際にレースをやってみないと分からない。実際に、これまでもプレシーズンの結果を基にシーズンの展開を予想しても、その予想通りの展開にならない事の方が多い。

それでもロッシは開幕戦のカタールGPでヤマハ復帰戦を2位表彰台獲得という申し分ない成績で飾った。

V.ロッシがヤマハの復帰戦で逆転の2位を獲得

だが、それ以後の5戦は表彰台から遠ざかっていた。特に予選でなかなかセカンドロー以上のポジションを獲得出来ず、また決勝レースでも序盤の出遅れを挽回出来ずにそのまま差を詰められずレースを終えてしまうパターンから抜け出せなかった。

序盤を除けばトップとほぼ遜色ないペースで走る事は出来ていたのだが、2位表彰台に上がったカタールGPにしても序盤に格下のブラドルを抜くのに手間取る等全盛期のロッシらしい走りが出来ていない事も事実であり、恐らくはマシンの状態が自信を持って思いっきり攻められる程仕上がっていない事を想像させる物だった。

しかし、自信を持って思いっきり攻められない状態のマシンで、トップのライダーと変わらないタイムで走る事が出来ているので、マシンの状態がロッシが理想とする状態に仕上がればかつての様な強さが蘇って来る事には疑問を差し挟む余地がないという思いは益々強くなった。

だが、それと同時にある不安が頭をよぎる様にもなった。それはロッシが初日にポンと好タイムを出し、その後セッティングを中々進める事が出来ずセッション毎に順位を下げて行くという傾向が気になったからだ。

従来のロッシは初日から直ぐに好タイムを出すという事は少なく、セッションが進む毎に段々とセッティングを煮詰めて行き順位を上げて行く事が多く、予選までにセッティングを詰め切れず決勝の朝のウォームラップでやっとセッティングが決まるという事も多かった。

それはヤマハのマシンはセッティングの幅が広く、アジャスト出来る箇所も多い為に、セッティングで大きく特性を変える事が可能であり、特性の違うサーキットにもそのサーキットに合うベストセッティングを導き出せれば非常に速く走る事が出来る代わりに、そのベストセッティングを導き出すがのが非常に難しいという特性を持っていると言われているからだ。

一方、ホンダのマシンはヤマハに比べるとセッティングの幅も狭く、セッティングを変えてもヤマハ程大きく特性が変わるという事はないと言われている。だから、良いベースセッティングが見つかるとサーキット毎にセッティングを変更するのは微調整程度で、基本的にはどのサーキットでもそのマシン特性の良い部分を引き出して走る事が要求されるが、その代わりセッティングに悩まされる事は少なく、逆に特性が合わないサーキットではいくらセッティングを追求しても中々改善する事が難しいと思われる。

その差が車体のヤマハとエンジンパワーのホンダの両者の方向性の違いとなっている訳なのだが、ロッシの様にハードなブレーキングを武器とするライダーはヤマハの様にピンポイントのベストセッティングを施す事が可能なマシンでないと中々好成績を残せないが、ストーナーの様にあまりブレーキングを重視せず、パワースライドでマシンを曲げて行く様なライダーであれば、ホンダの様なマシン特性でも問題ないと思われる。

ロッシがどうしても好成績が残せなったドゥカティでストーナーが好成績を残せたのはその為だ。ただし、ストーナーの乗り方もマシンのバランスが良くないと思い切った走りは出来ない。シーズン序盤でベースセッティングが中々決まらない状態では、ストーナーも余り速く走れない事が多かったが、一度バランスの良いベースセッティングを見つけるとその後は安定して好成績を残せる様になったものだ。ただし、ドゥカティの基本特性と相性の悪いサーキットでは、セッティングの変更で対応する事が難しく、マシンとサーキットの相性の差に成績が左右され易い。

そして、現在のM1の開発を主導しているロレンソはロッシの様にブレーキング重視のライダーではなく、ストーナーの様にパワースライドを多用するライダーではないが、どちらかと言えばコーナリングスピードを重視するライダーでヤマハで成功したライダーとしては珍しくどちらかと言うとホンダと相性が良さそうなライディングスタイルのライダーだと言えると思う。

ロレンソがヤマハで成功したのは、ヤマハのエンジンパワーがホンダにかなり追いついたという事が言えるだろう。それはクロスプレーンカムシャフトの開発が功を奏した事と、MotoGPクラスの経費削減策でエンジンの台数制限やタンク容量の制限による燃費への要求が厳しくなった事で、エンジンパワーの差が大きく出難くなった事が言えると思う。

また、以前のエントリーでも述べた通り、タイヤワンメイクにより、各メーカーの特性に合わせたタイヤ開発をして貰う事が出来なくなった為に、車体のバランスの良さがタイヤの消耗度に直結する様になり、基本的に旋回性の高いヤマハの方がタイヤへの負担が少なくタイヤの消耗を低く抑えられるという事が、ホンダ的な走りをするライダーに取ってもヤマハに乗るメリットが大きくなったという事も言えると思う。

従って、ロレンソはヤマハライダーではあっても、どちらかというとマシンセッティングの考え方もホンダライダーに近く、一度バランスの良いベースセッティングを決めたら、サーキット毎にまり大きくセッティングを変える事はしないのではないかと思われる。

ロレンソがどこのサーキットでも、レースウィークの初日から直ぐにトップかそれに準ずるタイムを出し、セッションが進んでもそのままのポジションをキープし、セッティングを外したりセッティングで苦労するという事はほとんどない。

特にロッシがドゥカティに移籍する前は、初日からタイムが出せるロレンソと初日には中々タイムが出ないロッシとの差は大きいという印象があった。

とことが今年はロッシが初日からポンと好タイムを出す事が多く、これは調子が良いのかな?と思っているとセッションが進むに連れ以前とは逆に順位が落ちて行く事が多く、これはもしかするとM1のセッティング自体の幅が狭くなってセッティングを変えてもあまり特性が変わらない様な性格になってしまったのではないか?という疑いが頭をもたげて来たのだ。

現在のエースのロレンソに合わせたマシン開発を考えた場合、ロレンソ自身がベースセッティングから大きくセッティングを変更しないタイプだとすれば、余りセッティングの幅を広げたりアジャスト出来る項目を増やす様な必要もなく、むしろ無駄な事だと開発陣が考えたとしても不思議ではない。

セッティングの幅の広い車体造りというのは、ヤマハのマシン造りにおける伝統的な考え方であり、それは簡単には変わらないだろうという思いもあったが、ライダーが世代交代する様にエンジニアだって世代交代すれば、以前とは違った考え方をするエンジニアが開発を主導する事だってあり得るだろう。

特にライディングスタイルで言えば、ロッシの様にブレーキングを重視するスタイルというのは現在のMotoGPではオールドスタイルとなりつつあり、ストーナーやロレンソの様なコーナリングスピード重視のスタイルの方が主流だと言える。マシン開発でも、そういう現在の主流のスタイルに合わせた新しい開発コンセプトに移っていくという事は充分あり得る事の様にも思えて来たのだ。

ところが、第6戦が終了した後のアラゴンテストでロッシは「課題だったブレーキングを改善するセッティングを見つけた」とコメントし、その直後の第7戦オランダGPで鮮やかにヤマハ復帰後の初優勝を達成してみせた。

たまたま、ロレンソがフリー走行の転倒で鎖骨を骨折する怪我を折ったり、ペドロサもRC213Vと相性の良くないサーキットだったのか最後までセッティングを詰め切れず本来の走りが出来ず、更にマルケスも右手の小指と左足の親指を骨折しているという状況が重なった事もあり、もしロレンソもペドロサもマルケスも万全だったら優勝出来ていたかどうかは分からない。

しかし、セッティングの問題が解決したという最初のレースで、例え6戦振りに表彰台に戻ったとしても、開幕戦で2位表彰台に上がっていただけに、あれ程強いロッシが戻って来たという強い印象を受ける様な感動的なレースにはならなかっただろう。

それを例え幸運が味方したとは言え、セッティングが改善したという最初のレースを優勝という形で結果を出して来る辺りが流石はロッシだと思う。

だが、今後は万全の状態のロレンソやペドロサと競り合ってどこまで戦えるかが問われる事になる。両ライダー共そう簡単には勝たせてくれないだろうけど、開幕戦でブラドルを抜きあぐねていた時の走りとは一転して、前のライダーに追いつくと様子を伺う間もなく、ファーストアプローチで一気に抜去るというロッシらしい走りが蘇って来たので、今後ロレンソやペドロサ相手にレースを盛り上げる走りを見せてくれるだろうと思う。

ただし、ロッシらしい走りが出来る様なセッティングが出来ないマシン特性になってしまったのではないか?という僕の疑惑は杞憂に終わったものの、オランダGPのセッティングがそのまま他のサーキットでも通用するとは限らず、そのセッティングをベースにしながら、サーキット毎の特性に合わせてアジャストして行く必要はあり、その為のデータはまだ充分とは言えないだろうから、今後もサーキットによって多少の浮き沈みもあるかもしれない。

しかし、ロッシのあの切れ味鋭い走りが戻って来たからには、今後のシーズンが面白いものになるのは間違いないだろう。

また、セッティングが決まってからの走りを見ると、今までロッシの走りを最大限生かすセッティングが出来ていない状態で、ロレンソとほぼ同程度のタイムを出せていた事に改めて驚きを覚えた。

これは、以前のヤマハ所属時代と違い、初日から好タイムをポンと出せる様になった事も含めて、どうしても好みのセッティングにならならいドゥカティで最大限の結果を出そうと努力して来た2年間でロッシ自身も成長し、ベストでないセッティングでもある程度のタイムを出せる走りを身に付けたのだと言えると思う。

特にロッシのライディングの最大の特徴でもあり、最大の武器でもあるブレーキングが自信を持って強く出来ない状態のマシンを、ブレーキング以外の部分で頑張って速く走らせるテクニックを、それも本来ブレーキングを余り重視せずコーナリングスピードを重視するスタイルで世界タイトルを2度も獲得したロレンソに迫るタイムが出せるまでハイレベルのテクニックを身に付けたのだと考えると、34歳になってもまだ進化するロッシの凄さを改めて思い知る。

ロッシはドゥカティ時代、常にドゥカティを自分の好みの特性のマシンを仕上げる事を目標にして来たのだと思う。しかし、考え方を変えて、ドゥカティの特性をストーナーとドゥカティのエンジニアが追求してひとつの完成の域に達した状態から大きく変更せず、ロッシの方が自分のスタイルを変えてそれを乗りこなす事を目標としていたら、もしかしたらドゥカティ移籍でもっと大きな成功を納めたのかもしれないと思う。

その証拠に以前のエントリーでも書いた様に、ロッシがドゥカティ時代で最も安定して速かった時期は、まだストーナーが開発したマシンに乗っていた移籍直後だったという印象があるので尚更だ。

しかし、ロッシ自身がその付け焼き刃のライディングスタイルでは、本来その様なライディングスタイルを得意とし、キャリアを通してそのスタイルを磨き上げて世界のトップにまで登り詰めたロレンソの様な相手に対しては、ほぼ近いタイムを出せる所まで迫れても、そのライダーに勝つレベルのは届かないと判断していたのだと思う。

やはり、本来自分が得意とするスタイルを究極にまで磨き上げてこそ、そういうライダー相手に勝負して勝つ事が出来るのだという思いがあったのだろう。

そして、ロッシはヤマハへの移籍を決断し、そしてヤマハで再び自分自身の本来得意とするライディングスタイルで、現在の世界のトップライダー達と競り合って勝てるレベルに戻って来れた事に確信を持ったに違いない。

ロッシは少なくとも後1回は世界タイトルを穫りたいという目標を胸にヤマハに復帰した。1年目は2年間のブランクの後で、かつてのライディングを取り戻す為の準備期間という位置付けでタイトルを獲りに行く勝負のシーズンは2014年シーズンになるだろう。

ロレンソとペドロサ、そして来シーズンにはその2人以上の最強のライバルに成長しているかもしれないマルケス相手に、もう1度タイトルを穫れるかどうかは分からないし、かなり厳しいかもしれないと思う。

しかし、レース史に残る様な素晴らしいシーズンになるのではないかと予感させるには充分だし、その来年の展開を占いながら今シーズンの中盤から終盤かけてのレースも楽しみに観て行きたいと思う。