2014年8月22日金曜日

進化した電子制御はMotoGPライダーを振るいにかける試金石なのか?

MotoGPの2014年シーズンは、ドゥカティワークスがファクトリーオプションではなく、オープンカテゴリーでの参戦を決め、同時に共通ECUソフトウェアがドゥカティの提言によりアップデートされ、それにホンダワークスが意義を唱えた事で、前年未勝利のワークスチームに対し、実質オープンクラス同等の優遇措置を与えるという新ルールが急遽裁定されるというごたごたで始まった。

僕にはドゥカティの決定は当然だと思えた。そもそもドルナは、MotoGP全チームに対し共通ECU(電子制御)を使用する事を求め、ホンダ、ヤマハ両ワークスが強硬に反対した所から、完全共通ECUへの以降は16年シーズンからとなり、14年シーズンからは暫定措置として、ワークスチームは共通ECUのハードウェアの使用は義務付けられたが、ソフトウェアの独自開発は容認され、その代わり年間使用可能エンジン台数、ガソリンタンク容量等に厳しい制限が加えられる事になった。

ドルナがECUを共通化使用としている狙いは、電子制御の技術に劣るプライヴェートチームとワークスの格差をなくし、戦闘力の大きな差を少しでも減らして、レースをより接戦になるようにして面白いものにしたいという事である。

ファクトリーオプションの設定はそれに抵抗するワークスチームに対する制裁措置と言え、プライヴェートチームに対し、優勢となる独自開発のECUソフトウェアを使用する代わりに、別の方法でワークスチームとプレイヴェートチームの格差を小さくしようというのがファクトリーオプションの目的である。

つまり、ワークスチームが共通ECUソフトウェアを受け入れれば、この制限を受け入れるいわれはなく、特に現在ホンダ、ヤマハからマシン開発で大きな遅れを取っているドゥカティワークスが、シーズン中もエンジン開発が可能なオープンカテゴリーの利点に注目したのは当然だと思う。

ドゥカティは、何もオープンカテゴリーの優遇措置を得て、厳しい制限を課せられているホンダ、ヤマハワークスに勝とう等と思った訳ではないだろう。それが本当の勝利ではない事はドゥカティも分かっているだろうし、むしろ将来対等なルールの元でホンダ、ヤマハ両ワークスと対等に勝負出来るマシンを開発する為に、14年度は開発を進める事を最優先としオープンカテゴリーへの参戦という苦渋の決断をしたのだと思う。

また、オープンカテゴリーの優遇措置と言っても、ファクトリーオプションより1段階ソフトなタイヤを使えるという点は予選では有利に働くが、決勝では逆にファクトリーオプションと同じハードタイヤを使えない事がハンデとなってしまい、決勝で勝つ事を考えると必ずしも有利とは言えない。

ドルナのオープンカテゴリーへの優遇措置は、予選やレース序盤でオープンカテゴリーのチームにも目立つチャンスを与え、レースをショーアップしようという目的の元で設定されているものであり、実際のレースで有利になるという程の内容ではない。

だから、僕はホンダの抗議はやや意外に感じられた。

ところが事態は奇妙な決着を見た。各ワークスとドルナの協議により、ドゥカティにはファクトリーオプションのまま、つまり共通ECUを使用せず、独自開発のECUソフトウェアを使いながらオープンカテゴリー同様の優遇措置が与えられる事になった。

つまり、ドゥカティに取っては異議申し立てを受けた時よりも、より有利な優遇措置が与えられる事になったのだ。

そして、同時に16年シーズンから、各ワークスチームが平等に共通ECUの開発に関わる事が決定され、あれ程独自ソフトウェアに拘り、もし共通ソフトウェアが導入されたらMotoGP撤退をも辞さないと強硬な姿勢を示していたホンダワークスがそれを了承したのだ。

この決定により、ホンダワークスの意図がよく理解出来た。ホンダワークスはやはりドゥカティがオープンカテゴリーの優遇措置を受ける事でレースで有利になるという点に関してはさほど問題視はしておらず、むしろドゥカティワークスだけが先行して共通ECUソフトウェア開発に関与する事に対して問題視していたのだろう。

だから、ドゥカティが独自ソフトウェアを使いながら優遇措置を受ける事を認めたに違いない。その程度の優遇措置でドゥカティがホンダを脅かす事等ない事に自信があるのだろうとも言える。

そして、重要なのは共通ECUソフトウェア開発にどのメーカーも抜け駆けせず、平等に開発に関与するという決定の方がホンダに取っては重要だったのだろうと思われる。この決定をもって、あれ程強硬に反対していた共通ECUソフトウェアを受け入れたのだから、この決定がホンダに取って満足のいく決定だった事は間違いないと言っていいだろう。

ホンダが恐れていたのは、ドゥカティだけが抜け駆けして共通ECUソフトウェア開発に関わろうとした事であり、ホンダも平等に共通ソフトウェア開発に関われれば、共通ソフトウェアも容認出来るという事だろう。

当初、ホンダが共通ECUに反対しているのは、ECUがホンダの優位性がある分野であり、その優位性を失いたくないからだろうという憶測が主流だったが、ホンダの中本氏はMotoGP参戦は市販車の開発へのフィードバックが目的であり、現在の最優先技術であるECUの開発が出来ないなら参戦する理由がないと説明していた。

ところが、独自ソフトウェア開発ではなく、共通ソフトウェア開発に参加出来るだけで納得してしまったのである。

ECUでの優位性を保ちたかったという憶測は外れた事になるし、共通ソフトウェア開発に参加出来ても、それを市販車に直接フィードバックする事は無理ではないか?という疑問が残る。

では、ホンダの真意は何処にあるのだろうか?それを考える為に、先ずは現在のMotoGPに置けるECUの現状を考えてみたい。

一口にECUと言っても、それは複雑な要素が絡み合っていると考えられる。基本的には電子制御燃料噴射装置(EFI)から発展して行った、エンジンのパワーやトルクを様々な状況において理想的にコントロールするエンジンマネージメントシステムが核になっていると考えられる。

それ自体も重要な要素なのだが、リアタイヤのスライドを抑制するトルクコントローラーやウイリーを抑制するアンチウイリー等のライダーのライディングを補佐する様な機能が導入される様になって、MotoGPマシンが劇的に乗り易くなった事が、MotoGPに大きな改革を齎し、ECUが最重要なレーシングテクノロジーになったという事が出来る。

その事で、特にかつては非常に高度で難しかったリアのスライドコントロールが容易になった事が1番の変化だったという事が出来るだろう。

ヤマハの現エース。ホルヘ・ロレンソがMotoGPにデビューした2008年では、まだトルクコントローラーは導入されていなかったか、もしくは初期段階で充分な効果がなかったのか分からないが、この年ロレンソは何度も激しいハイサイドによる転倒を喫している。

そして、段々MotoGPの強烈なパワーをコントロールする事が可能になり、ロレンソはタイトルを獲得出来るまでに成長して行った。

この様に、500cc時代からその頃までは、二輪最高峰クラスというのは、有り余るパワーをいかにコントロールするかという事がライダーに求められるクラスであり、それは最高峰クラスに参戦を許された世界のトップライダーの中でもほんの一握りのトップオブトップのライダーにしか出来ない芸当だった。

それが出来ないライダーはよりパワーを抑えて走るしかなく、その分トップライダーとは明確なタイム差が出来ていたと言える。

ところがトルクコントローラーの進歩により、MotoGPクラスで派手なハイサイド転倒は滅多に見られなくなって行った。同時にトップライダーと中堅ライダーのタイム差は縮まり、一時はサテライトライダーがワークスライダーに混じって表彰台争いをする事は珍しくなくなり、実際に表彰台を獲得する事も少なからず起こる様になった。

だが、その傾向は再び変化を見せ始めている。昨年位から兆候はあったのだが、今年になってそれが明らかな程顕著になって来ている。

ブラドルやバウティスタの様なかつては表彰台に近い所でレースをしていたサテライトライダー達とトップを争う4強ライダーとの格差が明らかに広がって来ており、またブラドルもバウティスタも目に見えて転倒が増えており、一時はほぼ見られなくなった、激しいハイサイド転倒も見られる様になって来ている。

僕はトルコンによって、自力で高度なスライドコントロールが出来るライダーと、それが出来ないライダーの格差がなくなり、その差が接近して来た頃から、いずれ自力で高度なスライドコントロールの出来るトップライダーは、その優位性を生かす為にトルコンに余り頼らない走りを目指す様になるだろうと考えていたが、おそらく僕が想像していた事が現実になって来ていると考えられると思う。

そんな時、スズキの開発ライダーを務めている青木宣篤選手のブログでの解説でそれが裏付けられたと思う。

【青木ノブアツ】BLOG Nobu Aoki Racing Blog:土曜のインディアナポリスGP

トルコンにしろアンチウィリーにしろ、ライダーのライディングを補助する様な制御は結局パワーを抑える方向でしか作用しない。だから、トルコンを強く効かせて走れば、その分楽に走れてもトルコンが効けば効く程遅くなるという事が出来る。

逆にトルコンをなるべく効かせない様にすれば、効かせなければ効かせない程速くなると言えるだろう。

レースというのは、常に他のライダーより速く走る事を目指している訳だから、より速く走ろうとするライダーは、出来るだけトルコンを効かせない様な設定や走りを目指す様になって行くのは必然と言えます。

更に最近は、タイム計測の為の位置センサーを利用して、現在走行しているのがコースのどの場所であるか判断し、コーナー入り口やコーナー出口等できめ細かく制御を変えていると考えられます。

つまりコースの場所によって、トルコンの制御の仕方も違うだろうし、その効きの強さ等もきめ細やかに変化していると考えられます。

そして、出来るだけ多くの場所でトルコンの効きを抑える事が出来れば、その分速く走れる事になる訳です。

その為のECUのセッティングというのが、今は非常に重要になっていると考えられます。走行データを分析し、トルコンを弱めても大丈夫なポイントを見つけ出し、トルコンの設定を理想的な設定に近づけるのが、マシンセッティングの最重要項目になっていると考えられます。

また、逆にトルコンを強めに効かせないと速く走れない場所があるとすれば、それは現在のマシンまたはライダーの弱点を発見したという事も言えると思う。

それは、トルコンの効きを弱めても速く走れる様にするには、どこを改善すれば良いか?という事を判断するヒントになると言えるだろう。その部分をトルコンに頼らず速く走るには、マシンセッティングをどの様に変更すればいいのか?どういう改良を加えて開発すれば良いのか?また、どういう乗り方をすればいいのか?という事を考える指針になってくれるという事も出来るだろう。

つまりトルコンという技術は今は速く走る為の技術ではなく、トルコンに頼らずに速く走るマシン、トルコンに頼らずに速く走るライダーを教えてくれるツールになって来ていると考えられます。

速く走る為には必要な技術ですが、トルコン自体によって速く走るのではなく、トルコンがなくても速く走れるマシンが本当に速いマシンであり、トルコンがなくても速く走れるライダーが本当に速いライダーである事を判断する為に必要な技術になって来ていると思います。

どういう事か、分かり難いと思うので、ちょっと簡単な仮定の話をすると、同じマシン、同じトルコンの設定で、同じライダーが、同じコーナーを、なるべく同じ速さで走って、仕様の違う2本のタイヤを試したとします。

その時、よりトルコンの作動が控えめだった方のタイヤが、そのコーナーにはよりマッチしたタイヤであり、より強くトルコンが作動したタイヤの方はそのコーナーとのマッチングが良くない事が分かると言えます。

これを、タイヤを同じにして、サスペンションだけ変えたらサスペンションの良し悪しが、スイングアームだけ変えたらスイングアームの良し悪しが判断可能だと考えられます。

この様にトルコンの効き具合で、マシン開発の方向性や、開発したパーツの良し悪し等を判断する事が可能になって来ていると考えられます。

最近、ミシュランタイヤに合わせたマシン開発についてホンダの中本氏がこの様なコメントをしています。

SRダンディ別館:タイヤメーカー交代でHRCが恐れるのはコストの高騰

この中で、中本さんはブリヂストンタイヤに合わせたマシン開発が大変だった事を語っていますが、僕には凄く短期間で的確にそれを成し遂げたと感じられました。そして、ミシュランタイヤに合わせたマシン開発にも自信を見せています。

僕はトルコンによって、そのタイヤの特性に合ったマシンやパーツを的確に判断出来る様になったのが、その理由ではないかと思います。どんどん仕様違いのフレームを造って、走らせてトルコンの効き具合を分析すれば、そのタイヤとより相性の良いフレームは簡単に判別出来ます。しかし、より理想に近いマシンを開発するには、試作フレームや試作パーツを大量に作って実際に走って、走行データを比較分析する必要があり、開発費は高騰するという訳です。

そして、恐ろしい事にトルコンは、本当に速いライダーとそうでないライダーを判断する指針にもなって来ていると考えられます。

単純に言って、トルコンに頼らなくても速く走れるライダーが本当に速いライダーで、トルコンに頼らないと速く走れないライダーは、それより劣るライダーだという事が走行データで簡単に判断出来る時代になったと言えると思います。

今年、ワークス契約でLCRに所属していたステファン・ブラドルはHRCから次年度はワークス契約はしないと判断されました。サテライト契約でLCRに残る道もありましたが、ブラドルはフォワード・ヤマハに移籍する決断をしています。

思えばブラドルは1番良くない時期にMotoGPに進出したライダーだったと言えるかもしれません。彼がMotoGPにステップアップした2011年はまだ今よりもトルコンに頼った設定が主流だった時代で、おそらくMotoGPマシンが1番乗り易い時代だったのではないかと思われます。

ブラドルはデビューして直ぐにMotoGPマシンに高い順応性を発揮し、2008年のロレンソの様な激しいハイサイドを喰らう様な洗礼も受ける事なく、幾度となく表彰台まで後一歩という成績を残し、流石にホンダがワークス契約したライダーだけあるという印象を残しました。

しかし、2年目には待望の2位表彰台を1度獲得はしましたが、全体的には前年度から横這いという印象で、初年度でいきなりあれだけ順応出来たのなら、2年目はもっと大きな飛躍をするだろうという期待には応えられない成績だったと言えると思います。

そして、今年度はここまで転倒も多くランキングも低迷しています。ブラドルに取っては、MotoGP初年度、MotoGPマシンは思ったより乗り易く感じたのではないかと思いますが、年々トルコンの関与を減らす方向にECUが進化して、年々乗り難くなって行き、それに充分対応し切れなかったのではないかと思います。

トルコンに余り頼らず速く走る事が出来ているトップライダー達との差は広がり、それを詰める為にトップライダー達に倣ってトルコンの関与を減らす方向のセッティングに挑戦して転倒が増えているというのが現状だと思います。

HRCはそのブラドルの現状を見て、ワークス契約に相応しい実力のないライダーだと判断したのではないかと思います。

ワークス契約ではありませんが、同様に転倒が増え成績が低迷しているバウティスタもグレシーニホンダのシートを失う事になりましたが、おそらく同じ様に最新のECUセッティングのトレンドに対応出来ないのではないかと思います。

逆のケースもあります。ヴァレンティーノ・ロッシは、今年、チーフエンジニアを長年共に戦って来たジェレミー・バージェスからデータ分析に長けると言われているシルヴァーノ・ガルブゼラにスイッチして成果を上げています。

実際にロッシとガルブゼラがどの様に改善に取り組み成果を上げて来たか全貌を知る事は出来ませんが、その一端をロッシのライディングスタイル改良に見る事が出来ます。

ロッシはマシンバンク時の身体のオフセットを以前より増やし、恐らくはコーナリング時のタイヤのエッジグリップの向上を目指していると考えられます。以前より、ロッシのチームメイトであるロレンソの特徴はエッジグリップを生かしたコーナリングスピードの高さにあると言われていましたが、他のライダーよりエッジグリップが活用出来ていると言う事は、その分スライド量は少なくなっていると考えられ、その分トルコンの介入は少なく済んでいると考えられます。

トルコンの介入が少なければ、エンジンパワーは抑えられる事なく有効活用され、その分速く走る事が出来るでしょう。対してロッシがロレンソよりエッジグリップを活用出来ていないとすれば、ロレンソよりもトルコンが強く作用し、その分エンジンパワーが抑えられコーナリングスピードが落ちている事がデータではっきりと突きつけられる筈です。

それを明確に提示されたからこそ、ロッシはエッジグリップを活用出来るライディングスタイルを模索し、その効果を走行データで確認しながら成果を上げて来たと考えられます。

この様にトルコンの作用度を軸としたマシン評価、ライダーのライディング能力の評価というのは、非常にシビアなものになって来ていると考えられます。

ライダーはこの明確な評価基準から目を背けたり、誤摩化したりする事は出来ません。ロッシの様にデータで明確に自分の弱点を指摘され、それを改善出来るライダーこそが、ワークスライダーとして相応しいライダーだと評価され、それが出来ないライダーはワークスライダーとしての資格がないと判断されてしまう時代になったという事が出来ると思います。

ここで、話を戻しましょう。MotoGPでECUを開発するのは市販車の為という中本氏の言葉は半分は本当で、半分嘘だと僕は考えています。

最早、MotoGPにおけるレーシングテクノロジーとしてのECUはブロドルの様なMoto2世界チャンピオンレベルのライダーでも対応が難しい程先鋭化されたものに進化してしまいました。

これ以上のECUの開発が市販車に直接フィードバック出来るものであるとは到底思えません。ただし、間接的なフィードバックの為に最先端技術に触れておく事は必要だと考えられます。だから、中本氏は独自開発は出来なくでも共通ソフトウェアの開発に参加出来るだけでも充分だと考えたのでしょう。

そして、それ以上に重要なのは、市販車の為ではなく、やはりMotoGPのレースに勝つ為です。今やMotoGPにおけるECUの役割は足し算ではなく引き算です。

トルコンは重要ですが、重要なのはトルコンをなるべく使わない様にする事です。ですので、トルコンの性能を向上させる為の開発というのにはもうそれ程拘る必要はありません。本来使わないで済むのが理想のものを向上させる事に開発費を使うより、どうすれば使わないで済む様に出来るかという事に開発費をかけた方が有効なのは言うまでもないからです。

共通ソフトウェアで他のチームも同じ性能のトルコンを使用するのであれば、有利でも不利でもないからOKだと言えます。むしろ他のチームに差を付けるのは、いかにそのトルコンを使い過ぎない様にするか、トルコンの介入を最小限に留めるかという事になっているのです。

その為にはECUデータの分析が重要になり、その分析の為にはECUソフトウェアの内容を良く理解している必要があります。つまり共通ソフトウェアの開発に参加するのに拘ったのは、参加しないとソフトウェアのアルゴリズム等を詳細に知る事が出来なくなり、その分不利になると考えたからだと思います。

おそらく中本氏はECUのデータを分析し、それを開発に生かす技術に関しては他メーカーに負けない自信があるのでしょう。それはソフトウェアの開発には直接には関係ない部分なので、共通ソフトウェアの開発に参加しても、そのノウハウを他社に知られる心配はありません。

勿論、共通ソフトウェアの開発に関しても、自社のソフトウェア開発のノウハウを容易く他社に教える様な気もないでしょうから、それ程積極的に開発をリードする気もないでしょう。ただ、MotoGPマシンのECUを開発するというのは、やはり最先端には違いないので、それに参加している事で得るものはある筈です。

ただ、それは同じ様に他社も得る訳で他社と競争する為の武器にはなりません。しかし、それを得る事が出来なかったら、他社に遅れを取る可能性もあります。だから、MotoGPから撤退し、共通ソフトウェア開発に参加する機会を失う事はデメリットにはなると言えるでしょう。

これが、ホンダが独自ソフトウェア開発が認められなくても、共通ソフトウェア開発に参加する事で、MotoGP撤退を撤回した理由だと思います。

トルコンの様にライダーの能力を補助する様な技術が開発されても、結局レースの世界ではそれをなるべく使わない方向にライダーが進化していってしまいます。

だから、僕はこの際トルコンは全面禁止にした方が話が簡単でいいと思うのですが・・

2014年1月3日金曜日

2013年のロッシに足りなかったものとロレンソが足を出さない理由

2014年も明けてしまったが、2013年シーズンについて書き残していた事を書いておこうと思う。

2013年シーズン最大の話題はマルケスの活躍であった事は間違いないし、スペンサー以来となる最高峰クラスの最年少タイトル獲得記録の更新を始めとする数々の新記録を樹立した事は正に偉業であり、今後のMotoGPを牽引していくであろう新時代の大スターの登場は素直に喜びたいと思う。


しかし、今年のタイトル争いの本命はロレンソとペドロサであった事も確かであり、この二人が序盤で揃って怪我を負い、そこから充分回復する前にマルケスが連勝した事がタイトル獲得の主要因であり、実際にはまだまだロレンソやペドロサの方が実力では勝る事も確かだと思う。


その証拠にロレンソが怪我から完全に復調して優勝したと考えられる第12戦以降、マルケスの優勝は第14戦のアラゴンでの1勝のみであり、このアラゴンでも不運なトラブルがなければリタイアしたペドロサが優勝していた可能性がかなり高い。


とはいえ、年間で安定した成績を残したものがチャンピオンになるのが当然であり、ベテラン二人が自己責任による転倒で怪我をしたのに対し、ルーキーらしからぬ高いレベルで安定したシーズンを送ったマルケスは賞賛に値すると言って良いだろう。


今後、更に経験を積んだマルケスがベテラン勢にとって手強いライバルになるのは間違いなく、今シーズン以降のMotoGPを更に盛り上げてくれる事に期待したい。

もうひとつの2013年シーズンの話題はドゥカティで悪夢のような2シーズンを過ごしてヤマハに復帰したロッシがどこまでやれるかという事だっただろう。


それについては、開幕戦で早くも表彰台に上がり、第7戦ダッチTTでは優勝を飾るなど、シーズン序盤から中盤にかけては順調に復調している様に感じられたものの、中盤以降は上位3名のライダーとはバトルする機会も減り、すっかり第4番目のライダーが定位置になってしまい、ロッシの完全復活を期待してたファンにとっては失望のシーズンとなってしまったようだ。

2013年のロッシには何が足りなかったのか?2014年以降、ロッシが再びタイトル争いに加わる事は出来るのだろうか?その辺りを検証してみたい。

その前にドゥカティに移籍する以前のロッシと現在のロッシを取り巻く環境の違いを考えてみたい。

というのは、今年のロッシの成績に関して、どうしても世間の論調は「ロッシが衰えた」という方向に行きがちなのだが、自分はロッシが衰えたというより、周りが向上したという事の方が大きいと考えているからだ。

その要素は二つある。マシンとライダーだ。

先ずマシンについて振り返ってみると、ロッシの最高峰クラスの7回のタイトルの内、最初の2回はホンダ時代のものであり、ロッシの乗っていたNSR500とRC211Vは当時の最速マシンであった事に異論を挟む人はほとんどいないと思う。
ロッシ移籍後もRC211Vは最速マシンであり続けたと思われるが、ロッシが抜けた跡を埋めるライダーの不在により、マシン+ライダーの総合力ではヤマハのYZR-M1とロッシの組み合わせの方が勝っていたと言えるだろう。

そして、800cc時代になってからは、ヤマハが990ccのYZR-M1の正常進化に成功したのに対し、V5エンジンのRC211VからV4エンジンのRC212Vへ移行したホンダは、エンジン形式の違いを最大限に生かそうとしたのか、小柄な次期エース候補ダニ・ペドロサに合わせようとしたのか、RC212Vは異常な程に小型に見えるコンパクトな設計となり、おそらくそれが原因で操安性に問題を抱えてしまったのではないかと考えられる。

それはフロントタイヤのチャタリングとなって現れ、特にミシュランのフロントタイヤとの相性の悪さから多くのライダーを悩ませる事になり、BSタイヤへの以降、フロントサスのショーワからオーリンズへの変更等を経て、車体も990ccだったRC211Vを思わせるサイズに大型化されてやっとその問題を解消するに至ったが、それまでに意外な程の時間を要する事になり、その期間特にRC212Vの弱点だったその操安性で勝るYZR-M1がMotoGPのベストマシンとして君臨していたと言って良いだろう。

2007年にはドゥカティに乗るケーシー・ストーナーがロッシを下してタイトルを獲得しているが、ドゥカティはトップスピードの分があるとはいえ、操安性には大きな問題を抱えていて、決して最良なマシンとは言えない事をロッシ自身が身を持って証明している。

そして、問題を解消したRC212Vがケーシー・ストーナーによってタイトルを獲得したのはロッシがドゥカティに移籍した2011年。つまり、ロッシの7回のタイトルはほぼ当時の最速マシンに乗って獲得したものであるが、現在の最速マシンは抱えていた問題を解消したRC212Vを更に進化させたRC213Vであるのは間違いなく、ロッシがタイトルを獲得していた当時とはマシンの優位性で大きな違いがあるという事になる。

次にロッシを取り巻くライダーという要素。

ロッシが最高峰クラス7回のタイトルを獲得するにあたり、前期の最大のライバルはセテ・ジベルナウでした。彼がホンダのサテライトチームのライダーだった事からも、当時の最高峰クラスにロッシのライバルとなるような強豪ライダーが不在だった事が伺えると言えるでしょう。

ロッシ移籍後、ホンダはロッシに代わるエースライダーを確保する事が出来ず、一時は長年スズキ、カジバ等で中堅ライダーとして活躍していたアレックス・バロスをワークスのエースとして迎えた事からも当時のホンダの苦悩が伺えます。

そして、ロッシと入れ替わりでホンダに復帰したマックス・ビアッジも期待外れに終わったバロスの後釜として念願のホンダワークス入りを果たしますが、かつての様な輝きを取り戻す事無く、他のライダーは問題としていない、フロント周りの不具合を訴えた事でホンダの信頼を失い事実上追放に近い形でMotoGPを去る事になってしまい、ホンダの混迷の深さを象徴する事件になってしまったと言えると思います。

余談ですが、今にして思えばその後顕著になっていく、ホンダとミシュランのフロントタイヤの相性の悪さの兆候を、ライダーとしてレベルの高いビアッジだけが察知出来ていたのではないかと考えられ、あの時ホンダがビアッジの訴えに真剣に耳を傾けていれば、その後のマシン開発の長い迷走期間は短縮されていたのではないかと思われ、非常に残念である。

そして、デビュー当時はおそらくRC211Vと相性が悪く、ロッシの後継者となるスーパールーキーという期待に中々応える活躍が出来ていなかったニッキー・ヘイデンが、それまでのRC211Vと大きく特性の異なるニュージェネレーションと呼ばれるニューバージョンの開発を自ら主導し、ロッシを打ち破って2006年のタイトルを獲得するが、その後RC212Vが彼の開発したニュージェネレーションの特性を引き継ぐものになれば、その後もロッシを脅かすライバルになり得たのかもしれないが、実際にはRC212Vは小柄なペドロサを意識したと思われるコンパクトなマシンとなり、大柄なニッキーには合わないマシンになってしまい、ロッシの前に立ちはだかる事が出来たのは2006年シーズンだけとなってしまった。

そして、後期の最大のライバルは続く2007年にドゥカティでタイトルを獲得したケーシー・ストーナーという事になるのだが、前述した通りドゥカティは操安性に大きな問題を抱えており、その実力を存分に発揮出来る状態であったとは言い難い。そのケーシーがホンダへ移籍してその実力に相応しいマシンを手に入れるのは、ロッシがドゥカティに移籍する2011年の事であり、ロッシはこの最速ライダーと最速マシンの組み合わせと直接対決する事がままならない状況に置かれている間にケーシーはMotoGPから引退してしまう。

そして、マシン特性に苦しむケーシーに代わってロッシの前に立ちはだかる事になったのは成長著しいチームメイト、ホルヘ・ロレンソであり、ロッシと同じマシンに乗る彼とのタイトル争いに敗れた2010年を最後にドゥカティへの移籍を決意するのである。

こうしてみると、ロレンソ、ペドロサ、マルケスという3人ものタイトルを狙える実力と環境(マシン)を備えたライバルがいるシーズンというのは、過去のロッシが経験して来なかった状況である事が分かるだろう。

過去のロッシには現在の様な強力なライバルは不在、あるいは存在したとしてもマシンやチーム環境に問題を抱えていて、実力を存分に発揮出来る状況ではなかったと言える。

とは言え、それらは全て結果論であり、その時その時でロッシは世界最高峰クラスに勝ち上がってきたトップライダー達と戦って7回もの最高峰クラスタイトルを獲得した事は素晴らしい事であり、偉業である事には間違いない。

過去のロッシが幸運だったと言うのではない、ロレンソ、ペドロサ、マルケスというロッシ以外にタイトルを獲得出来る実力があるライダーが、それぞれそれが可能な体制で参戦しているという現在の状況の方が異常なのである。

過去にウエイン・レイニー、ケビン・シュワンツ、エディ・ローソン、ジョン・コシンスキーが4強と呼ばれた時代があったが、その時代は長く続かず、またその4人が安定してタイトル争いを展開する様な状況も結局1シーズンも実現しなかった。

いかに現在のMotoGPが異常なレベルにあるかが分かると思う。ロッシにとってはそのキャリアを通じて今が1番強力なライバル達に囲まれている状況だと言って良いと思う。

前置きが長くなったが、そういう事情を鑑みて今年のロッシに何が足りなかったか?を考える比較対象としてYZR-M1より優位性があると思われるRC213Vに乗っていたペドロサとマルケスの事は考慮せず、同じマシンに乗っていたロレンソとの比較に限定して考えて行きたいと思う。

実は、過去にも書いた事があるが、僕は今年はロッシにとっては、再びタイトルを争えるレベルに復帰する為の準備の年になるだろうと考えていた。それは、ひとつにはドゥカティというロッシのライディングスタイルとは真逆と言って良いほど相性が悪いと思われる特性のマシンに2年間も乗っていた事で、ライディングのフィーリングが狂ってしまっているだろうと考えた事。

もうひとつは、ロッシ移籍後マシン開発を主導したのはロレンソであり、特にその間に800ccから1000ccへと排気量がアップされた事もあり、かつてロッシが乗っていた頃のM1とは特性が変わっている可能性が高く、その特性に慣れ、セッティングデータを収集してロッシのライディングスタイルに合わせた特性にセットアップ出来る様になるまでには、かなりの時間を要するのではないかと考えたからだ。

ところが、ロッシはプレシーズンテストの段階で、ほぼロレンソと変わらないタイムを出して来たので、実はかなり驚いた。ライディングのフィーリングも充分に戻っておらず、新しいマシンの特性にもまだ慣れておらず、セッティングデータもなく、0からセットアップを進めている段階でこれだけのタイムが出せるなら、シーズン後半には相当速くなっているのではないかと思ったのだが、実際にはそうはならずロッシとロレンソのタイム差はプレシーズンテストの段階からシーズン後半までそれ程大きくは変化しなかった。

コースによってバラツキはあるが、乱暴で大雑把に言うと、ロッシとロレンソのタイム差は決勝セッティングで約0.1秒差、予選セッティングで約0.5秒差という感じで、シーズン序盤でもシーズン終盤でも大きくは変わらなかった。

予選でタイムが出ない事は、決勝を戦う上で重要な事であり、ロッシも課題として挙げていたが、その問題はとりあえず後回しにするとして、決勝中の1ラップの純粋な速さという点では、ほとんど0。ほとんど差はないといって言いと思う。

この事はロッシのライディングのフィーリングも、M1の特性やセッティングの問題も、元々問題にはならなかったのか、それとも意外な程早い段階で解消してしまったのかは分からないまでも、僕が考えていた程大きな問題にはならなかった事を意味していると思う。

現在ロレンソはM1に乗って最も速いライダーというだけでなく、マシン的には優位性があると考えられるRC213Vに乗るライバル達を相手に年間8勝の最多勝を上げる程の成績を残したライダーであり、タイトルこそ逃したものの、現在のMotoGPクラスの最速、最強のライダーであると言って過言ではないと思う。

そのライダーと1ラップのタイムならほとんど変わらないタイムで走れるという事は、ロッシの速さは少しも衰えていないと言って良いのではないかと思う。

では何故、ロッシはそのロレンソに勝つ事が出来ないばかりか、決勝レースでロレンソとバトルするレベルに達しないのだろうか?

それは1ラップだけの速さではなく、決勝レースのアベレージで差が大きくなるからだと言える。予選で約0.5秒差が広がる事にも関係しているが、ロッシよりロレンソの方が序盤から速いラップが刻め、終盤になってもタイムが落ちないからだ。

ロレンソはロッシとの比較だけでなく、現在のMotoGPで最も序盤に強いライダーだ。かつてはロケットスタートを得意とするペドロサがホールショットを奪いレース序盤をリードする事も多かったが、最近はそのペドロサを上回る程ロレンソの序盤のペースは速い。

対してロッシは元々序盤はそれほど速くない方で、4~5周様子を見てから追い上げるというレースが得意だったが、現在のロレンソにはそれが通用しなくなっている。

これに関してもロッシが遅くなった訳ではなく、ロレンソが前より序盤に速くなっていると言って良いだろう。

また、かつてのロッシの強みは終盤になってもペースが落ちがないという事もあったが、最近ではその優位性をさほど感じる事が出来ない。これに関してはロレンソだけでなく、全体的に終盤のペースが高くなっていると感じる。これはトラクションコントロールによって消耗したタイヤでのスライドコントロールがかつてより容易になっているという事が考えられるが、その中でもロレンソの終盤の強さは際立っている。

こうやって考えてみると、ロッシは今でも充分前と同じ位のライディングが出来ていると思われる。速くなっているのはロレンソの方であり、ロレンソのロッシに対する優位性はそのままM1より優位性があると思われるRC213Vに乗っているライバル達に対抗する武器になっていると言えるだろう。

そのロレンソの速さの秘密はどこにあるのだろう?ロッシはロレンソを評して「ロレンソは僕より強いブレーキングが出来る」と言っている。ブレーキングの強さはロッシの最大の武器だった。今やそのロッシが自分より強いブレーキングが出来ると言っているのである。ロレンソの速さの秘密はロッシを上回る程の強力なブレーキングにある事はまず間違いないだろう。

では、ロレンソは如何にしてブレーキング名人のロッシを上回るブレーキングを可能としたのか?その謎を解く鍵は、ロレンソが現在のMotoGPのトップライダーにあって唯一頑なにブレーキング時に足出し走法をしない事にあるに違いないと思う。

これは実に摩訶不思議な事であり、皮肉な事でもあると思う。何故ならば、足出し走法こそ、ブレーキングを重視するロッシが更に強いブレーキングをする為に編み出したテクニックだと思われるからだ。

ここで、ロッシが足出し走法を編み出すまでの、彼のライディングスタイルの変遷を振り返ってみたい。

ホンダ時代、ロッシのライディングスタイルは現在の様にスムーズなものではなく、荒々しく豪快なものだった。ホンダ時代の暴れるマシンをものともせずハードブレーキングをするロッシの走りを記憶に留めている人も多いのではないかと思う。

当時のホンダのマシンは現在のM1と比較してフロントの安定性が劣っており、ロッシのハードブレーキングによりマシンが暴れてしまっていたのだと考えられる。マシンが暴れる為ロッシは中々マシンを倒し込む事が出来ず、マシンの振れが納まってからエイやっとばかりにマシンを倒し込むというメリハリのある豪快なライディングになっていたのだ。

ヤマハへ移籍した理由はロッシがホンダに要求したマシンの改善要求をホンダが受け入れなかったからだと言われている。

その内容は明らかにされていないが、僕はもっとブレーキングで安定するマシンを要求したのだと考えている。おそらくそれは「ヤマハの様に」という但し書きが付いていたのではないか?と憶測している。ライバルであるヤマハの様なマシンを作ってくれ。それはホンダにとって受け入れ難い要求であったに違いない。

500cc時代、ヤマハに乗って豪快なブレーキングドリフトで一世を風靡したギャリー・マッコイの後ろに付いて走ったロッシが「勉強になった」とコメントした事がある。それを聞いて僕はロッシがマッコイの様なドリフト走行にトライする気なのか?と思ったのだが、実際にはロッシはドリフト走行にトライする事はなかった。

今では、ロッシはあの時、マッコイが振り回すヤマハの挙動を間近で観察し、ホンダより高い安定性がある事を確信したのではないかと思っている。マッコイの豪快なドリフト走行は、フロイントがしっかりと安定しているからこそ、リアのスライドコントロールに専念出来たと言え、ロッシはそこに自分のハードブレーキングを受け止めてくれる理想のマシンを見出したのではないかと思う。

ヤマハに移籍したロッシが開発陣に要求したのは「もっとスピードを」というものだったという。当時トップスピードでは明らかにヤマハよりホンダが勝っていた。エンジンパワーの追求はホンダのアイデンティティであり、ロッシがホンダに拒絶された要求がスピードである筈はない。

つまり、ロッシはホンダ時代ホンダに拒絶された要求をヤマハには一切していないという事になる。移籍した当初からヤマハはロッシのその要求を満たすマシンであり、おそらくロッシはそれを知った上で移籍を決断したのだと思う。

そして、それを確認したからこそ、ホンダに対して不足していたスピードの向上しか要求しなかったのだろう。

こうして、ロッシはブレーキングしながらスムーズにマシンを倒し込み、より深くコーナーに突っ込んで行くという現在のライディングスタイルを完成させた。それはブレーキング時に暴れるホンダのマシンでは実現出来ず、ヤマハに移籍してフロントの安定性の高いマシンを手に入れた事で実現したと言えるだろう。

そのライディングスタイルを完成させた当初のロッシは無敵に見えた。しかし、ホンダを上回るトップスピードを備えたドゥカティを駆り、そのトップスピードを最大限に生かすというロッシとは正反対のライディングスタイルを持つ最大のライバル、ケーシー・スートナーの登場により、ロッシはそのライディングに更に磨きをかける必要性に迫られる。

その結果生まれたのが足出し走法だ。それはステップから足を外す事でその分の荷重をシートにかけ、リア荷重を増やす事により、ブレーキング時のフロントの過荷重を軽減して、よりハードなブレーキングをする事が目的と考えられる。

最初にそれを指摘したのはモータージャーナリストの遠藤智さんだが、その記事を読んで感心した僕が某所でそれを紹介した所、猛反発を受け妄想とまで言われた程だが、最近ではYZR-M1の開発ライダーでもあり、そのYZR-M1に乗りMotoGPスポット参戦で2位表彰台獲得の経験もある中須賀選手が全く同じ見解を表明しているのでまず間違いないと考えていいと思う。

某所で猛反発を受けたのはロッシが「足を出すのに特に効果はない。ただ気分的に出してるだけ」と言っていたのをファンが真に受けたからだと思うが、それは他のライダーに真似されたら折角編み出したテクニックの優位性が失われてしまう事を懸念したロッシのブラフに違いないだろう。

実際に、足出し走法はロッシとバトルしているMotoGPのトップライダーから真似をし始めて、瞬く間にMoto2、Moto3クラスのライダーにまで広がっていき、今では一般的なテクニックとなっている。

最初にロッシとバトルしているライバル達が真似し始めた事からも、実際に間近で見ているライダーがその効果を実感している事が伺える。

しかし、そのライバル達の中にあって、ロレンソだけがそれを頑なに真似せず、しかもそれでいてロッシ以上に強いブレーキングが出来ているという事は一体全体どういう事なのだろうか?

僕はその答えはズバリ、ロレンソがブレーキングで積極的にリアブレーキを使っているからだと思っている。

通常、ほとんどのレーシングライダーはリアブレーキをほとんど使わないと言われている。全く使わないと公言しているライダーも少なくない。その理由はレースでのハードブレーキングではフロントに大きな荷重がかかりほとんどリアは浮いてしまうので、リアブレーキは制動の役には立たないからである。

しかし、にも拘らずリアブレーキを積極的に使っていたという事が分かっているライダーが二人存在する。ウエイン・レイニーとマイケル・ドゥーハンである。

実は二人ともその事実は秘密にしていた。ドゥーハンの場合、足を怪我してリアブレーキの操作が困難になった事から、左手親指で操作するハンドブレーキを装着していた為、それが判明し、一時はそれがドゥーハンの速さの秘密だと真似するライダーが続出し、ちょっとしたブームになった程である。

レイニーの場合は現役中はその秘密を守り通し、引退後事実を明らかにした。レイニーの場合は怪我のためではなく、よりデリケートな操作をする為に、くるぶしでリアブレーキを操作するオリジナルパーツを装着していたという事である。


ドゥーハンもレイニーも転倒が少ない安定して高い成績を残したライダーであり、レイニーはキング・ケニー以来のV3を達成し、ドゥーハンはそれを上回るV5を達成している。

またドゥーハンもレイニーも序盤から速く、独走態勢を築いて終盤もその速さを維持するという先行逃げ切り型の戦法を得意としていたライダーで、その特徴は現在のロレンソと共通している。

それは、この3人のライダーがほとんどのライダーがリアブレーキを使わないという中にあって、リアブレーキを積極的に活用するという稀なテクニックを駆使する事で、そのテクニックを持たない他のライダーより1レベル高い速さと安定性を獲得していたのだと考えると非常に納得が出来ると思うのだ。

では、リアブレーキを積極的に使うとどんな利点があるのだろうか?レイニーもドゥーハンもその辺の詳細までは明らかにしていないが、共にリアブレーキを制動の為ではなく、「姿勢制御の為に使用していた」という事は明かしている。

リアブレーキを姿勢制御に使うという事はどういう事だろうか?非常に簡単である。制動力以外でリアブレーキを使う事で制御出来る事と言えばひとつしかない。リアの荷重のコントロールだ。

フロントブレーキを使うと、フロントフォークが沈み込んでフロントに荷重がかかる。同じ事がリアブレーキにも言える。リアブレーキを使えば、リアサスが沈み込んでリアの荷重が増す。これは例え公道走行のスピードでも、例え50ccの原付であっても簡単に確認出来るオートバイの基本的な走行特性のひとつだ。

では、リアの荷重をコントロールするとライディングのどの様な効果があるのだろうか?

これは率直に言えば、バイクのライディングの全ての要素において非常に高い効果があると考えられる。

何故ならバイクというのはバランスの乗り物であり、マシンセッティングの多くの要素はバイクの前後バランスの調整に関係していると考えられるからだ。

加速時、減速時、その双方でバイクの前後バランスが理想的でない場合は、加速や減速が思う様に行えない事になる。

加速時はリアのトラクションというのが重要になる。トラクションとはタイヤから駆動力を路面に伝える能力の事であり、リアタイヤが効率的に路面に押し付けられていないと、駆動力は効率的に路面に伝わらない事になる。

だからリアに荷重をかけて、リアタイヤを効率的に路面に押し付ける事が必要になる。リアタイヤを路面に押し付ける力が不足すると、タイヤは空転してしまいパワーが充分路面に伝わらなくなって、充分な加速性能は発揮出来ない。

逆にトラクションが効き過ぎても問題は発生するだろう。タイヤや路面のグリップ力を越えるパワーを伝えようとしても、やはりパワーは効率よく路面には伝わらず折角のパワーがロスになってしまうだろうし、またその分タイヤの消耗も激しくなり、そうなるとやはり路面に効率的にパワーを伝える事が出来なくなってしまう。

制動時はロッシの足出し走法の所で説明した様に、やはりフロントが過荷重になってしまうと制動力がフロントタイヤのグリップ力を上回ってしまい、制動力が効率よく路面に伝わらないという事になってしまうし、フロントの安定性が悪化して転倒のリスクも向上してしまう。

しかし、ハードなフロントブレーキによってリアタイヤが浮いてしまえば、いくらリアブレーキを使ってもリアの荷重を増す事は出来ない。おそらく、レイニーやドゥーハンは初期制動においてはフロントブレーキよりもリアブレーキを強めにかけ、リアサスを沈み込ませてリアに荷重をかけた状態から徐々にフロントブレーキを強くしていくのではないかと思う。

その事で、フロントが過荷重になる事を防ぎ、効率よいブレーキングとブレーキング時の安定性を確保しているのだと思う。

いずれにしても難しいのは常にフロントよりリアに荷重をかければ全て良しという訳ではなく、フロントの荷重が不足していれば、いわゆるフロントの接地感が感じられないという状態になり、ライダーは思いっきりコーナーを攻める事が出来なくなり、フロントからスリップダウンで転倒するリスクも増大する事になる。

また、リア荷重が過荷重になっても加速性が損なわれる事は先程説明した通りだし、制動時もフロント荷重が不足してはやはり充分な制動力を得る事は出来ない。

この様にブレーキング、コーナリング、立ち上がり加速等、バイクの状態が異なる状態の全てに対応出来る様全てのバランスを調整する事はいかに名メカニックでも困難だと言う事が出来る。

セッティングに悩むライダーのコメントを聞けば、それは明らかだ。ほとんどの場合セッティングに問題を抱えているライダーは「トラクションが充分にかからないので、トラクション重視のセッティングをするとフロントの接地感がなくなる。フロントの接地感を得ようとセッティングを変更するとリアのトラクションが不足する。」と堂々巡りになってしまって理想のセッティングが見つからないと訴えるのである。

ならば、フロントの接地感をしっかりセッティングで出した上で、リアの荷重不足をリアブレーキを活用する事で補えば理想的なセッティングが出来なくても充分速く走れるだろうと考えられるし、セッティングがいい状態なら更に速く走れるだろう。

結局、バイクの前後荷重のバランスはライダーの乗り方によってその都度変化している訳で、その都度その都度、バイクの前後荷重のバランスを上手くコントロールする事がライダーに求められているという事になる。

その場合、リアブレーキを使用すれば、その都度その都度バイクの前後荷重バランスをある程度コントロールする事が可能になる筈だ。それがドゥーハン、レイニーの言うリアブレーキを活用した「姿勢制御」だと考えて間違いないだろうと思う。

リアブレーキを活用しなくても、通常ライダーはバイクの上で前後左右に移動して、荷重バランスの制御、バイクの姿勢制御を積極的に行っている。それは手足の長い長身ライダーの方が有利とされていて、ロッシやかつて最速男の異名を恣にしたケビン・シュワンツがその代表格と言える。

だが、そのシュワンツも速さと引き換えに転倒が多く、同時代のレイニーやドゥーハンの様には安定して成績を残せず、ワールドタイトルを獲得したのは1回に留まっている。これはリアブレーキの活用がシュワンツの様な恵まれた身体を最大限に活用したライディングテクニックを上回る効果がある事の証しだろう。

特にブレーキング時のフロントの過荷重は転倒のリスクの高い状態であり、こればかりはライダーの体重移動だけでコントロールするには限界があり、ロッシ同様ハードブレーキングを武器にしていたシュワンツにとってのアキレス腱だったと言って良いだろう。

もし、シュワンツがリアブレーキを活用していれば、レイニーやドゥーハンを越える成績を残せたかも知れないし、リアブレーキの活用走法であれば、背が低く手足の短いライダーであってもその身体的ハンデを逆転する事が可能になると言えるだろう。

シュワンツやロッシの様な長身で身体的優位性を持ったライダーが、その優位性故にリアブレーキの活用走法を身に付ける機会を逸したと考えると皮肉な話だが、その身体的優位性にリアブレーキ活用走法を兼ね備える事が出来たら、それこそ本当に無敵の最強ライダーという事になるに違いない。

言うのは易しいが実際に行う事は非常に困難だと思われる。世界のトップレベルのライダーでさえ、リアブレーキを全く使わないと公言しているライダーもいる位なので、これは世界の最高峰クラスのトップライダーの中でもごく一部のトップ・オブ・ザ・トップのライダーしか会得する事が不可能なオートバイのレーシングライディングテクニックの究極の奥義中の奥義だと言っていいと思う。

だから、レイニーもドゥーハンも当時の最高峰クラスで無敵とも思える様な強さで君臨出来たのだと思う。

そして、今やロッシ、ペドロサ、マルケスと言った最強のライバル達を相手に年間8勝という圧倒的な強さと安定度を見せたロレンソはおそらくその領域に達したのだと考えるのが当然だと思う。

つまり、現在のロレンソの強さはリアブレーキを最大限に活用していると考えれば完全に説明出来てしまう。

序盤に強い事に関しては、他のライダーが何故序盤のペースが余り速くないのか?というとタイヤがまだ充分暖まっておらず、そのグリップ性能を充分発揮出来ないからだと言えるだろう。

しかし、他のライダーがリアブレーキを使わないのに対し、ロレンソだけがリアブレーキを活用していると考えると、ブレーキ時もフロントが過荷重にならず他のライダーより高い制動力と安定性を得ていると考えられるし、加速時にもリアに効率的に荷重をかけてトラクションを向上させて、まだ暖まっていないリアタイヤでも他のライダーより効率的にパワーを路面に伝えていると考えられる。

タイヤが暖まって来ると、ロレンソと他のライダーの差は詰まって来ると考えられるが、それでも減速時も加速時もロレンソが1番効率よく理想的に行っていると考えるとロレンソには僅かな優位性、あるいは余裕があると考えられるし、常に前後の荷重バランスを理想的に保っていると考えると、リアタイヤ、フロントタイヤ共にロレンソのタイヤは最も無駄な酷使をされていない分、他のライダーより消耗しないと考えられ、レース終盤ペースが他のライダーより落ちない事も説明がつく。

また、例えタイヤが消耗してしまったとしても、リアブレーキで荷重を理想的にコントロール出来る分、序盤と同じで他のライダーより強いブレーキ、強い加速が可能になり、終盤に強いもうひとつの理由になっていると考えられる。

また、転倒が少なく安定した成績を残せるのも、特に転倒のリスクの高いブレーキング時にフロントの過荷重を軽減している事で、他のライダーより転倒のリスクも軽減されていると考えると説明がつく。

かつて、ドゥーハンは他のライダーよりタイヤを消耗させない事で有名であり、また消耗したタイヤでのスライドコントロールでも他のライダーより優れていたと言われていたが、それもリアブレーキを活用する事で可能になっていた事だと考えると合点が行く。

そして、ドゥーハンの持っていたその特徴は、レイニーにもロレンソにも当てはまると僕は思う。僕はロッシが感じているロレンソがロッシ以上に強いブレーキが出来るという理由はロレンソがリアブレーキを活用しているからだと考えて先ず間違いないだろうと確信を持っている。

リアブレーキの荷重コントロールは全ての局面で有効だと思うが、中でもブレーキング時にフロントの過荷重を軽減する効果は最も高く、絶大であろうと思うからだ。

では、ロッシは過去のレジェンドライダー二人が身に付けていたそのテクニックを駆使していないのだろうか?

実は僕は以前はロッシもリアブレーキを活用しているのではないかと考えていた。ロッシの最高峰クラス7度制覇という偉業はレイニーやドゥーハンをも越える驚くべき成績であり、当然レイニーやドゥーハン同様の超高等テクニックを身に付けたからこそ、それだけの成績を残せたのだと考えていたからだ。

しかし、ロッシが足出し走法を始めた時から、その考えが揺らぎ始めた。何故なら足出し走法の目的はフロント過荷重の軽減としか考えられない為に、リアブレーキを駆使して荷重コントロールしているなら無用なテクニックだと感じたからだ。

考えられるとしたら、レイニー、ドゥーハンがリアブレーキを活用していたと明らかになった現在、MotoGPのトップライダーはロッシ以外にもそのテクニックを身に付けており、その中で更にハードなブレーキングをする為に足出し走法を編み出したという可能性だが、その可能性も足出し走法を始めた当初、左コーナーでしか足を出さなかったロッシが右コーナーでも足を出し始めた時に、ほぼ無くなったと言える。

もし、ロッシのマシンのリアブレーキが普通のフットペダル式だったとしたら、コーナー手前で右足を出している事いう事は、リアブレーキを使っていない事になる。そして、ロッシのM1を間近に見る事が出来たある人から、ロッシのマシンにハンドリアブレーキは装着されていないという情報を得ていたので、足出し走法をしているロッシが少なくとも減速時はリアブレーキを活用していない事がほぼ明らかになった。(その目撃証言が間違いまたは嘘、ハンドリアブレーキ以外の新方式のリアブレーキを採用しているという可能性は僅かに残っているが)

これが事実だとすると、驚愕すべき事だと思う。レイニー、ドゥーハンを越える様なレース史に残る成績を残し、幾多の記録を書き換えて来たロッシが、リアブレーキを活用するテクニックを身に付けずにそれを達成していたとすれば、それは改めてロッシが天才的なライディングセンス、天性の驚異的に高い身体能力とバランス感覚を備えている事の証明だと言えると思う。

そして、現在、レースセッティングの1ラップではロレンソと比べてもほぼ遜色無いラップタイムを刻めるロッシが、序盤と終盤にはロレンソに敵わない理由を考えた場合、ロレンソがリアブレーキを活用し、ロッシはリアブレーキを活用していないと結論付ける事が最も自然であり、その事実によって遂に完全にロッシがリアブレーキを活用していない事が明らかになったと考えて良いと思う。

特にハードブレーキングを最大の武器とするロッシの場合、タイヤが充分に暖まっていない序盤には、転倒のリスクを避ける為に全力でブレーキングする事が出来ていないと考えられ、それがロッシが序盤を苦手としている最大の理由と考えて良いと思う。

これは恐ろしい事だ。それはロッシ程の偉業を成し遂げたライダーに伸び代がまだ残されている事を意味し、ロッシがそれに挑戦しようとしている事を意味しているからだ。

そして、ロッシのライディングテクニックが他のライダーと比べて特殊なものではなく、単にロッシ個人の能力の高さが他のライダーとの差になっていたと考えるならば、トラクションコントロールを初めとする電子制御の性能向上が、その差を埋めた事によってかつての優位性が失われつつあるのだと考えるとロッシの現状を説明する事が可能になるし、その中で1歩抜出る序盤、終盤の強さを備えたロレンソは電子制御によっては埋められない、根本的に他のライダーより優位性をもった特殊なライディングテクニックを使っているからだという事も説明がつく。

結論としては、僕は2013年のロッシのライディングはドゥカティに移籍する前の2010年以前のレベルに戻っていると考える。そして、ロッシの現在のライディングスタイルを最大限に引き出せるマシンセッティングも可能になっているに違いない。

だから、マシンもライダーももう完璧。これ以上の向上の望みはないというのが、今年までのチーフ・メカニック、ジェレミー・バージェスの判断であり、それを受け入れるべきというのが彼の考えで、そのバージェスと一緒にやれる事は全てやった。しかし、まだ更に向上する為にバージェスと一緒では出来なかった新しい事への挑戦を新しいチーフメカニックと模索しようというのがロッシの考えなのだろう。

しかし、ここでひとつの疑問が浮上して来る。バージェスは他ならぬドゥーハンのチーフメカニックを務めていた人物である。当然、ドゥーハンがリアブレーキを活用していた事は知っている筈だし、ドゥーハン以前に担当していたフレディ・スペンサーやワイン・ガードナーが圧倒的な速さを持ちながら安定して成績を残せなかったのに対し、ドゥーハンが安定した成績を残せた秘密がリアブレーキの活用にある事を身を以て体験した張本人である筈です。

そのバージェスがロレンソの強さの秘密がリアブレーキの活用にあると考えなかったとは思えないし、その事をロッシにアドバイスしなかったとは考え難い。

かつて僕がロッシがリアブレーキを活用しているのではないか?と考えたのも、他ならぬバージェスがチーフメカニックだったからだ。

その疑問を解く答えは、おそらくはバージェスはロッシが今からリアブレーキ活用のテクニックを身につけるのは無理だと考えているからではなかいか?という事しか思いつかない。

もしかしたら、最高峰クラスに上がった頃からロッシのチーフメカをしていたバージェスはその時にもうドゥーハンの強さ秘密がリアブレーキの活用にある事をロッシに伝え、それを会得する事を勧めたが、ロッシはそれをしなかった、または出来なかったのではないだろうか?

バージェスが、ロッシが若く伸び盛りだった頃に出来なかった事を、キャリアの終盤に差し掛かった現在やろうとしても出来ないだろうと考えたとしても無理はない。

問題は若い頃のロッシがそれをやろうとして出来なかったのか、それともやろうとしなかったかにかかっていると思う。

ロッシがバージェスのアドバイスは一旦置いておいて、自分の今までのやり方でどこまでやれるか試してみたかったと考えたとしたら、やろうとしなかったという可能性も充分考えられる。

そして、それで最高峰クラスのタイトルを獲得し、何度も防衛出来たと考えると、ロッシが敢えて今の自分のやり方以外の方法を試さなかったとしても不思議ではない。

また、2006年2007年と連続してタイトルを失った後も、ロッシには足出し走法というリアブレーキ活用以外のアイデアがあり、他人の物真似をするのは自分オリジナルのアイデアを試してからでも遅くないと考えたとしてもおかしくはない。

だとすれば、いよいよ今まで試してみなかったバージェスのアドバイスに今こそ挑戦するタイミングが巡って来たのだと言えるだろう。

だとしたら、バージェスがそれに協力しないのは不可解だが、バージェスは今から挑戦したのではもう遅過ぎる。それに挑戦するならもっと若い頃にするべきだったという考えなのかもしれない。

確かにレイニー、ドゥーハンがリアブレーキを活用していたと分かっている現在でも、それが一般的なテクニックになっているとは言い難く、それが世界のトップレベルのライダーでも体得が難しい高度なテクニックである事は間違いない。

一時は多くのライダーがドゥーハンのリアハンドブレーキを真似したが、それで成果を上げたライダーというのは聞いた事がなく、いつしかブームは去ってしまったと言っていい。

だから、バージェスが今からロッシがそれを会得するのは無理だと考えたとしても、不思議ではないと思う。

あるいは、ロッシの考えはリアブレーキの活用ではなく、そのあてがあるのかないのかは分からないが、新しいチームメカニックと模索しようと考えている事は別の事なのかも知れない。

しかしながら、チーフメカニックの交代はロッシ自身も、自分はかつてのレベルのライディングを取り戻していると判断し、バージェスも従来のやり方でのベストマシンのセッティングは出来ていると考えたからこそ、新しいチーフメカニックと新しいマシンセッティング、新しいライディングのどちらか、あるいはその両方に挑戦しようと考えているに違いない。

ロッシ程の偉業と言って間違いない成績を残して来たライダーが、更に高いレベルを目指して挑戦しようというのだから、これは空恐ろしい事だ。そして、僕はそれがリアブレーキの活用だとすれば、ロッシがかつて以上の速さと強さと獲得して、再びMotoGPの頂点に立つ事は充分可能だと思う。

ロレンソもロッシに関して、「ロッシが僕のスタートダッシュの強さの秘密を知ったら、僕は勝てなくなるだろう。」とコメントしている。ロレンソは成績でロッシを圧倒している現在でも、ロッシに対する敬意を忘れない謙虚な姿勢を崩していないが、自分のリアブレーキ活用走法の効果の高さを知っているからこそ、それを身に付けずに驚異的な成績を残し、現在も1ラップであれば自分と遜色無いタイムを刻めるロッシの凄さを誰よりも実感しているに違いない。

逆に言えば、僕はロッシがリアブレーキ活用走法を身に付ける以外にロレンソを越える方法が別にあるとは思えない。

そして、それが出来た時、レースセッティングでの約0.1秒の差は単に逆転するだけでなく、更に大きな差になる事も充分考えられる。そして、それが可能になれば、それは現在M1よりも高い優位性を持っていると考えられるRC213Vに乗るペドロサ、マルケスを打ち倒す事も充分に可能になるだろう。

足出し走法という、新しい走法を編み出し、それを一般的なテクニックにしただけでも、ロッシは歴史に残る事をやり遂げたと言えるだろうし、それはハングオフ走法を編み出したキング・ケニー以来の偉業だと言える。

しかし、それを封印し更に高いレベルのテクニックを体得し、再び、いや八度世界の頂点に立つ事になったら、それは本当に人間の可能性の限界を拡大する様な桁違いの偉業になるに違いないと思う。

2014年、ロッシが足出し走法をしなくなる時が来るとすれば、それはロッシの反撃の狼煙だと思う。今シーズンはロッシの足に注目してMotoGPを見守って行きたいと思う。