2012年12月31日月曜日

ペドロサのタイトル獲得を阻んだレース裁定

前項で述べたとおり、2012年シーズン開幕直前にタイヤ仕様変更の決定がされた時点で、ストーナーのタイトル獲得の可能性はかなり厳しいものになってしまったと言えると思う。

しかし、ホンダはタイトル獲得を諦めなかった。シーズン中盤に2013年から投入予定だったニュースペックのフロントタイヤに合わせて開発したニューマシンを実戦投入する決断を下したのだ。

タイトルを獲得する為には、ライダーが危険と言う程、ニュースペックタイヤと相性の悪いマシン特性を改善する必要があり、その為には付け焼刃の改良では無理で、マシンを一から開発し直さなければならない。それはタイトル獲得の為には必要な決断だったとは言え、この不況で天下のホンダもレース予算が削減されている厳しい状況下では、かなりの困難を伴う決断だったに違いないと思う。

それでも、そのニューマシンが初投入されたラグナセカで、ペドロサがフリー走行1とフリー走行2でいきなりトップタイムをマークする程の完成度の高さを示し、そのデビューレースではセッティングを詰め切れず優勝は逃したが3位表彰台を獲得し、続くインディアナポリスでは早くも優勝を果たし、ニューマシンは大きな成果を挙げた。

シーズン途中で全くのニューマシンが投入されて、いきなり成果を挙げる例というのはかなり稀であり、ホンダのタイトル獲得への執念と高い開発力を感じさせる結果となった。

その一方で、ニューフレームを改善効果がないと評価したストーナーはニュースペックエンジンと旧フレームの組み合わせを選択し、続くインディアナポリスでは、プレシーズンテストで新構造のタイヤに対し「却って危険」と評価した本人の言葉通り、転倒、骨折という最悪の状況に陥ってしまう。

僕はこのペドロサとストーナーのニューフレームに対する明暗の差もよく理解出来る気がする。

前項でも述べたとおり、ブリヂストンの柔構造と呼ばれる新構造を採用したニュースペックタイヤはミシュランが採用していた構造に似ているのだという。

ホンダにはかつてミシュランを採用していた当時のペドロサの走行データが豊富に残っていた訳で、そのデータを基にニュースペックタイヤの特性と相性の良いフレームを開発したのだろうと思う。

そして、当時のミシュランタイヤは、ロッシがいち早くブリヂストンへのスイッチを決めた様に、ブリヂストンに対して劣勢であり、特にホンダはヤマハ以上にミシュランタイヤとの相性に問題を抱え、激しいチャタリングに多くのホンダライダーが悩まされ低迷する中、ペドロサはかろうじてタイトル争いに名前を連ねる事は出来る所まで善戦しており、どちらかと言うとミシュランタイヤとの相性は悪くなかったライダーだと言える。

その為、当時のペドロサの走行データを基に開発されたニューマシンは、ミシュランに特性が似たニュースペックタイヤとペドロサのライディングスタイルにはベストマッチのマシンに仕上がったが、ペドロサとはかなりスタイルの違うストーナーのライディングスタイルには合わないフレーム特性に仕上がっていたのだろう。

だから、ストーナーは結局自分のライディングスタイルに合わせて開発された旧フレームの方を選択したのだと思う。

僕は以前からライダーとマシン特性の相性の重要性を主張しているが、この事でもそれが証明されたと思う。

誰もがストーナーとペドロサを比べたらストーナーの方が速いと思うだろう。しかし、それはストーナーがストーナーのライディングスタイルと相性の良いマシンに乗っていればという前提であり、ペドロサとの相性が良いマシンに乗れば、立場が逆転してしまう程、微妙なものでもあるのだ。

こうして、ニュースペックタイヤと自分のライディングスタイルにベストマッチしたマシンを手に入れたペドロサはかつてない程の強さを見せ、快進撃を開始する。

ストーナーに合わせて開発されたマシンと旧スペックタイヤの組み合わせで戦った前半戦では1勝しか挙げられなかったペドロサが、自分のスタイルと相性の良いマシンとニュースペックタイヤで戦った後半戦では6勝を挙げ、最終的には年間最多勝の7勝を挙げる程の強さを見せた。

それもニューマシンを投入して僅か2戦目のインディアナポリス以降は完走したレースでは全勝という圧倒的強さであり、もう少しで不利なレギュレーション上の決定という逆境を跳ね除けてホンダにタイトルをもたらすという劇的なストーリーを実現する所だった。

シーズンを振り返るとペドロサのタイトル獲得を阻んだ決定的なレースは、第13戦サンマリノGPだったと言えると思う。

このレースでは、スタートシグナル点灯直前、アブラハムのエンジンがストールし、アブラハムが手を挙げてアピールしたことからスタートが中断、仕切り直しとなった。

そして再スタートのサイティングラップが始まろうとした時、ペドロサのマシンのフロントブレーキがロックするというトラブルに襲われる。メカニックはマシンを交換するために一度ピットロードにマシンを入れるが、その時トラブルが解消した為、マシンはグリッドに戻されペドロサはグリッドからサイティングラップをスタートさせたが、一度ピットロードにマシンを入れた為、最後尾スタートのペナルティを課せられる事になる。

僕は再スタートの際、タイトル争いの真っ只中にあるペドロサが最後尾からスタートするのを見て、何が起こったのか分からず、まるで悪夢の様だと思ったが、本当の悪夢はその後に待っていた。

ペドロサは最後尾から得意のロケットスタートを決め、順調に前のマシンをパスして行った。レース後に、最後尾スタートでも優勝する自信があったと語った言葉は決して負け惜しみではなく、十分その可能があると感じさせる見事な追い上げを見せていた矢先、バルベラの転倒に巻き込まれて1周もする事無くペドロサはレースを終えてしまった。

その瞬間、誰もがペドロサのタイトル獲得の可能性は潰えたと思っただろう。そしてその通りになった。しかし、その後もペドロサはタイトル獲得を諦めずに、その事を忘れさせる程の快進撃を続け、奇跡の大逆転を予感させる所までロレンソを追い詰め、最終的にはフィリップアイランドで自ら転倒してタイトルを逃した。

その為、最終的には自滅してタイトルを失ったという印象が残ってしまった感があるが、並みのライダーだったら、サンマリノGPの後、そこまで盛り返す事さえ出来なかっただろうし、サンマリノGPでのノーポイントがなかったら、ペドロサもあそこまで追い詰められる事もなかっただろう。

それまでのレースではペドロサは余裕でロレンソを打ち負かして来ており、ロレンソに勝つためだけなら無理をする必要はなかった筈だ。あのレースで転倒する程攻めていたのは、最終戦を前に少しでも多くポイントを稼ぐ為に、どうしてもストーナーに勝ちたいと思っていたからだろう。

負傷欠場から復帰したばかりとは言え、地元フィリップアイランドでのストーナーの強さは神懸り的なレベルだ。通常なら地元でストーナーに勝てなくても無理はないと考えるところだろうが、ペドロサはどうしてもストーナーに勝ってロレンソとのポイント差を広げたいと気負ってしまったのだと思う。

もし、サンマリノGPでのノーポイントがなかったら、ロレンソとのポイント差もそこまで大きくはならず、ペドロサも冷静になって手堅く2位でオーストラリアGPを終える事を選択し、最終戦で逆転タイトルを獲得していた可能性は高かったと思う。

そして仮にフィリップアイランドで転倒してしまったとしても、サンマリノGPでポイントを獲得していれば、最終戦までタイトルの決着は持ち越されていた訳で、十分逆転タイトルの可能性はあったと思う。

結局、ペドロサがタイトルを獲得出来なかった最大の要因は、サンマリノGPでのレース裁定にあったと思う。確かにそれはルールブック通りの裁定であったかもしれない。しかし、ペドロサのマシンを襲ったトラブルは、アブラハムのエンジントラブルを原因としたスタート中断の影響で生じたものであり、自己責任とは言い難い。

そもそも、スタートが中断しなければ、ペドロサのマシンはトラブルには見舞われる事はなく、PPから普通にスタートしてトップを快走していた筈で、誰の転倒にも巻き込まれる事はなかっただろう。

対するアブラハムのマシントラブルは、午前のフリー走行から発生していたものらしく、そのトラブルを解消出来ないままマシンをグリッドに送り出したアブラハムのチームの自己責任に寄るものと言って良い。

例えルール通りとは言え、アブラハムの自己責任によるトラブルは救済され、その影響により発生したペドロサのトラブルは救済されなかったという事は、どうにも不公平に思えて納得しがたいものだ。

しかも、それがシーズンのタイトル争いを決定付ける結果に繋がったとなると尚更である。タイトル争いのさなかにあるライダーが自己責任とは言い難いトラブルでグリッド降格となると、レースの楽しみの半減するし、何よりそんな事でタイトルの行方が左右される事になれば、タイトル争いの当事者もレースファンも納得出来ないだろう。

この様なケースなら特別措置が取られたとしても、良いのではないかと思うし、本来なら特別措置などしなくてもこの様な事態が起こらない様なルールにしてもらいたいと思う。

通常のスタートの際は別として、再スタートの際は本当に悪質なルール違反等があった場合を除き、1回目のスターティンググリッド順から変更はしないと決めれば良いだけの話なので、是非ともルール改正をして欲しいと思う。

実際にタイトルを獲得したロレンソとヤマハには落ち度はないし、申し訳ないと思うが、やはり今年最速だったマシンはホンダのRC213Vだったと思うし、全員が旧スペックタイヤという同条件の下で1番速かったのはストーナー、新スペックタイヤで1番速かったのはペドロサだったと思う。

ロレンソはそのどちらでも安定して速かったのに対し、ホンダはシーズン前半はストーナーの方が速く、後半はペドロサの方が速く、ホンダ勢同士でポイントを奪い合ってしまった事もあり、ヤマハ勢で常に最速だったロレンソが優位だったが、その条件化でもペドロサが年間7勝の最多勝を挙げ、実質的に年間を通して2012年のチャンピオンに相応しい走りをしていたのは彼だったと思う。

特に後半戦に関しては観ていてロレンソがペドロサに勝てるというイメージは全然感じなかった。それでも安定して2位に入り続けた結果タイトルを獲得した事を考えると、現在のポイント配分はやや優勝の重みが軽んじられているのではないかと感じた程だ。優勝のポイントと2位のポイントはもっと格差があって然るべきかも知れない。

その様な実力通りのライダーがタイトルを獲得する事を妨げるような、レギュレーションやルールは是非改善して欲しいと願う。

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